「耳の痛い意見も教訓のため」 阿蘇市が熊本地震の記録誌発行

「耳の痛い意見も教訓のため」 阿蘇市が熊本地震の記録誌発行

大和晃さんの両親らへのインタビューで構成した震災記録誌を手にする熊本県阿蘇市職員の佐藤祐幸さん=同市役所で2021年3月31日午後3時49分、山本泰久撮影

 2016年4月の熊本地震で住民21人が犠牲になった熊本県阿蘇市が地震の記録誌を発行した。同市の自宅に帰る途中に阿蘇大橋付近の土砂崩れに巻き込まれて死亡した大学生の大和晃(ひかる)さん(当時22歳)の両親や、避難の先頭に立った住民、インフラ復旧を支えた福岡市職員らのインタビューなどで被災からの5年間を振り返った。

 大和さんの父卓也さん(62)と母忍さん(53)のインタビューは巻末の4ページにわたって掲載した。4月16日未明の本震後に連絡が取れなくなった息子の捜索を要請するため2人が何カ所もの役場や警察署を回ったことや、ボランティアの助けを借りながら自力で捜索を続け、4カ月後に谷底で遺体を発見するまでの経緯が克明に語られている。記事の中で2人は「危険と分かっていても自分たちで動くしかなかった事実がある。災害支援の在り方を検証するきっかけにしてほしい」と訴える。

 市にとっても厳しい指摘だが、市政策防災課秘書広報係長として一人で発刊作業を続けた佐藤祐幸(ゆうこう)さん(48)は「耳の痛い意見だからこそ、教訓のためにあえて掲載した」と言う。

 本震で震度6弱を観測した阿蘇市では大和さんの他、避難生活による体調悪化などで20人が関連死した。住宅被害は全壊118棟、大規模半壊96棟など2589棟に上り、市民に親しまれる阿蘇神社は国指定重要文化財の楼門が倒壊するなど甚大な被害を受けた。

 記録誌には被害を生き抜いた住民たちの声を載せた。市地域婦人会会長の神保(じんぼう)京子さんは、小学校の家庭科調理室で避難者のため57日間で3万6300個のおにぎりを仲間と握り続けた体験を語った。被害が大きかった的石(まといし)地区の区長だった山本直樹さんは、阿蘇地方を襲った12年の九州北部豪雨の教訓を生かして住民全員の携帯電話まで記した名簿を作っていたことなどが避難や安否確認に役立ったと総括し「一番感じたことは『自分の命は自分で守る』ということだ」と強調した。

 16年9月から1年7カ月にわたって阿蘇市の下水道復旧を支援した福岡市道路下水道局職員の稗田浩紀(ひえだひろき)さんは「地震、豪雨、噴火などの災害に立ち向かう市民のたくましさを目の当たりにした」と振り返った。

 記録誌はA4判104ページ。32ページの概要版も作り、市内全約9300世帯に配布した。市ホームページにも掲載しており、被災直後、市役所に泊まり込んで避難者の食事手配などに当たった佐藤さんは「証言から得られた教訓と課題を生かし、命と暮らしを守るために役立ててもらいたい」と話した。【山本泰久】

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