77年ぶり「おかえり」 戦死した旧海軍兵士の日章旗、親族の元に

77年ぶり「おかえり」 戦死した旧海軍兵士の日章旗、親族の元に

テニアン島で戦死した舟橋喜四郎さん所有の日章旗が届けられ、初めて目にする旗を広げて記載内容や状態を確かめる喜四郎さんの兄の孫、舟橋通孝さん=福島県須賀川市の深渡戸集会所で2021年7月16日午後0時8分、熊田明裕撮影

 第二次世界大戦末期の1944年にマリアナ諸島テニアン島で戦死した福島県の旧白江村(現須賀川市)出身の舟橋喜四郎さん(当時29歳)が持っていた日章旗が16日、親族に返還された。戦地から持ち帰った米国人の子息が外務省などを通じて申し出て、77年ぶりに古里に戻ってきた。

 旗を受け取ったのは、喜四郎さんの兄の孫にあたる須賀川市深渡戸の造園業、舟橋通孝さん(70)。通孝さんによると、喜四郎さんは国鉄(現JR)の機関士から旧海軍に召集された後、テニアン島での米軍との戦闘で、44年8月2日に亡くなったとされる。家族への遺骨や遺品の受け渡しはなく、「私の祖父(喜四郎さんの兄、喜一さん)は『いつか(喜四郎さんが)ひょっこり帰って来るといい』と話していた」と振り返る。70年代には親族が国のテニアン島戦没者慰霊団に参加し、同島の海岸からサンゴ片や貝殻を持ち帰って遺骨代わりに墓地へ収めたという。

 この日、初めて旗を目にした通孝さんは、記された名前の一つ一つを確認しながら「出征時に親族や友人が寄せ書きして贈ったもの。(喜四郎さんが)体に巻いていたからか一部に縮みはあるが、生地の傷みや色あせも少ない。私が生まれる前に亡くなった喜四郎さんの遺品として、一生大事にしたい」と話していた。

 旗には、同島から持ち帰った米国人の子息からのメッセージも添えられていた。通孝さんは「返還してくれた謝意と共に、この旗が見つかった経緯などを聞いていないか尋ねたい」と、須賀川市を通じて手紙を送る予定だ。【熊田明裕】

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