「今でもそばにいて見守ってくれている」 京アニ放火2年、募る思い

「今でもそばにいて見守ってくれている」 京アニ放火2年、募る思い

松崎町立図書館では、大村さんの両親から寄贈された絵本「うーちゃんのまつざき」と「どっくんどっくん」を貸し出している=静岡県松崎町で2021年7月6日午後3時57分、千金良航太郎撮影

 ずっと、見守っていてほしい――。36人が亡くなった「京都アニメーション」放火殺人事件から18日で2年。家族や友人を突然奪われた悲しみは癒えず、今も「会いたい」と思いが募る。京アニに憧れて入社し、志半ばで逝った若きアニメーターたち。その遺志を継ごうと歩み出す人もいる。

 「2年たっても何も変わらない。悲しみが薄れることはない。萌(めぐむ)を忘れることはない」。亡くなった中で最年少だった大野萌さん(当時21歳)の祖父、岡田和夫さん(71)は話す。

 萌さんは幼少時からアニメが好きで、雑誌の余白や裏紙に絵を描き、岡田さんや両親に見せた。中学時代には市選管のポスター公募で優秀作に。高校在学中、アルバイトでお金をため、京アニの養成塾へ入った。大工の岡田さんが手作りした作業台で作画の練習を重ね、2018年に正社員に採用された時は「京アニの社員になったよ」と報告してくれた。原画同士の動きをつなぐ「動画」を担当し、経験を積み上げようとしていた矢先の事件だった。

 悲しみの続いた2年。家族の体調も芳しくない。しかし岡田さんは「私たちが元気を取り戻すことを萌が望んでいる」と信じ、少しでも元の生活に戻ろうと努力している。夢には、今でも萌さんが現れる。成人式の晴れ着姿や、社員に採用されて喜んでいた時の姿のまま。最近は萌さんが「仕事頑張って」と言っている気がする。炎天下での現場仕事、新型コロナウイルスへの不安など、つらい時、疲れた時に萌さんを思い出し、励まされる。「萌は今でもそばにいて、私たちを心配し、見守ってくれている」。そう信じている。

生前作った絵本、子どもたちが愛読

 大村勇貴さん(当時23歳)も働き始めたばかりで命を絶たれた。地元では大村さんの足跡が、後進を育てる糧になっている。

 静岡県菊川市出身の大村さんは、常葉(とこは)大(静岡市)に在学中、「うーちゃんのまつざき」という絵本を作った。同県松崎町を舞台にした男の子の冒険物語だ。

 菊川市で10年以上前から続くイベント「田んぼアート菊川」は事件翌年、この作品のラストシーンをデザインに採用。実行委員長の池田正さん(77)は大村さんを小さい頃から知っており、「ビニールハウスの壁にペンで落書きしていて、うまいなと思っていた」と振り返る。

 21年春には、大村さんの両親がこの作品を自費出版。版元との取り次ぎなどに当たったのが、高久書店(同県掛川市)の店主・高木久直さん(50)だ。「絵本を作るなら、息子が愛した松崎町出身の高木さんにお願いしたい」と両親から頼まれたという。

 松崎町では出版を記念して原画展が開かれ、絵本が寄贈された幼稚園や小学校では子どもたちが愛読している。高木さんは「絵本は世代を超えて読み継がれる。大村さんの作品が何年たっても読まれるようになってほしい」と願う。

 今年、菊川市の田んぼアートには大村さんの後輩で、常葉大4年、山口萌那(もな)さん(22)がアマビエなどを描いた作品が選ばれた。山口さんは「温かく、強い生命力を感じる大村先輩の作品から元気をもらったように、私もコロナ禍で苦しむ人を応援したい」と話す。【鈴木健太郎、中島怜子、千金良航太郎】

京アニ社長「思いはいささかも変わらない」

 京都アニメーションの八田英明社長は18日、京都市内で記者会見し、「仕事を一生懸命やることで、皆が心を寄せ合っている。1ミリずつだが前向きに進んでいる」と、再建に向けて進む京アニの現状を語った。

 八田社長は「2年たとうと思いはいささかも変わらない」と犠牲になった社員を悼んだ上でアニメ制作について説明した。事件後、初めて完成させた映画「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(2020年9月公開)は興行収入約22億円となり、第44回日本アカデミー賞優秀アニメ作品賞などを受賞。他のシリーズも続編の制作に取り組んでいる。「過去に作った作品を大事にしながら、新しい企画にもチャレンジしたい」と話した。

 この日の追悼式で、八田社長は初めて犠牲者への謝罪を弔辞に盛り込んだ。「結果として36人が亡くなったことは、経営者として非常に重く受け止めている。ご家族にも大変申し訳なく思っている」と述べた。

 現在の社員数は約180人。事件当時は176人で新卒や中途採用で同規模に戻った形だが、八田社長は「会社の創造力は激減した」と明かす。負傷者の多くは復職したが、現在も3人がリハビリ中。「事件の重さ」(八田社長)に耐えかねて退職した人もいるという。「月日の経過とともに(犠牲者への)感情が薄れるとか忘れるということは決してない」と話し、毎年追悼式を開く考えも示した。【南陽子、添島香苗】

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