「震災遺構」大川小、一般公開始まる 遺族は展示内容の課題指摘

「震災遺構」大川小、一般公開始まる 遺族は展示内容の課題指摘

一般公開の日を迎え、遺族や石巻市関係者による献花などが行われた震災遺構・大川小=宮城県石巻市で2021年7月18日午前10時50分、和田大典撮影

 東日本大震災で児童74人と教職員10人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校(2018年に閉校)の被災校舎周辺が震災遺構の整備工事を終え、18日から一般公開された。新たな展示施設と合わせ、学校管理下で子どもらを守れなかった事実や学校防災の教訓を後世に伝える役割を担う。ただ展示内容は、事前に協議を重ねてきた遺族らから説明内容が不十分などと指摘され、斎藤正美市長は今後の見直しを表明した。

 午前の式典は、新型コロナウイルスの影響で参加者を限定し、児童遺族や市議や県議、副知事ら約60人が出席。新たに設置された献花台に花を手向け、犠牲者の冥福を祈った。

 「震災遺構 大川小」は、周辺を緑地化し、校庭もかつてに近い形で復元。校舎内はこれまで同様立ち入れず、案内板を複数設置し、震災前の風景や地震発生から津波到達までの時系列、津波の水圧で盛り上がった校舎2階の床や天井につく黒い波のしぶき痕を写真とともに解説する。

 木造平屋の展示施設「大川震災伝承館」では、被災校舎内の写真や津波到達時刻とみられる午後3時37分で止まった時計などを展示。ただ、展示パネルのうち、学校や市教委の事前防災の不備が認定された大川小訴訟の判決結果を巡っては、遺族らと開館ぎりぎりまで話し合いを続けたものの最終的に納得を得られぬまま時間切れとなり、簡易的な説明文の掲示となった。

 説明文の原案を出すなど協議の中心を担った児童遺族で、大川伝承の会共同代表の佐藤敏郎さん(57)は「どう残し、何を伝えるかもっともっと議論すべきだったがスタートが遅かった」と指摘する。昨年11月から議論を始めたが、当初は裁判に触れる説明自体もなかった。要望を重ね、市側から最終案が示されたのは開館5日前。市教委が震災後に防災対策を強化したことを強調する文言が追加され、文脈にそぐわないとして削除を求めるなど、直前までやりとりが続けられたという。

 佐藤さんは「校舎を保存した経緯など、展示すべき項目はもっとあるし、判決の指摘を具体的にどう学校防災に結びつけるか、子どもたちにもわかりやすく伝える工夫が必要。これからアップデートしていきたい」と話し、今後も市との協議を続けることを望む。

 一方、訴訟に参加した遺族も3回にわたり展示内容の充実などを市長に求めたが、原告側弁護士への意見聴取など、申し入れの多くは実現しなかった。只野英昭さん(50)は「間違った形で学校防災につなげられてしまうのが怖い」と強調。展示内容に納得していない意思表示として、式典を欠席した紫桃隆洋さん(56)は「何が原因で避難が遅れたか、ぼやけてしまっている。大川小から何を学び命をどう守るのか、教育委員会や学校の管理職にどんな責任があるのか、きちんと伝えなければここに来た学校関係者が戸惑うことを危惧する」と語る。

 紫桃さんらが自主的に設置してきた案内板は開館直前に撤去しており「あれ以上のものができるはずだし、そうでなければいけない」と、市の見直しに期待した。【百武信幸】

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