やまゆり園慰霊碑に名 山本利和さん、母「強く必死に生きた」

やまゆり園慰霊碑に名 山本利和さん、母「強く必死に生きた」

津久井やまゆり園に設けられた「鎮魂のモニュメント」。犠牲者の名前とヤマユリの花が刻まれている=相模原市緑区で2021年7月20日午前9時、幾島健太郎撮影

 相模原市の「津久井やまゆり園」慰霊碑に犠牲者として氏名が刻まれた山本利和さん(当時49歳)は、殺人罪などで死刑判決を受けた元職員、植松聖死刑囚(31)の公判で「甲Q」と呼ばれた。横浜地裁で2020年1月16日に検察側が読み上げた母親の供述調書からは、家族に愛されながら生きた49年の歳月の断片が垣間見えた。

 調書によると、山本さんは幼い時から発達の遅れがあり、母親は不安を募らせたが、父親に「障害があっても絶対に見捨てない」と言われ、同じ気持ちになった。山本さんは父親と囲碁を打つのが好きで、テレビで見た場所に行きたがった。成人した時は本人の希望でパンチパーマにし、スーツ姿でうれしそうに写真を撮ったという。

 両親が亡くなっても安心して暮らせるようにと、28歳のころ入所させた。山本さんは事件の前年に白内障を患い、視力を失った。49歳の誕生日にかけた電話が最後の会話になった。母親が「いい子にして、みんなと仲良くね」と言うと、照れくさそうに「もういいよ」と職員に受話器を渡したという。

 調書はこう締めくくられた。「つらい思いをしながら強く必死に生きてきた甲Qの人生は何だったのかと思わずにはいられない。私は甲Qが生きていてくれただけで幸せだった」【中村紬葵】

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