俳人、伊丹三樹彦さん死去、99歳 新しい俳句表現の先陣切る

俳人、伊丹三樹彦さん死去、99歳 新しい俳句表現の先陣切る

「俳句は日常生活や人生そのもの。尽きることはありませんよ」と語る俳人の伊丹三樹彦さん=兵庫県尼崎市南塚口町2の自宅で2019年2月5日、高尾具成撮影

 俳句と写真を組み合わせた写俳を提唱するなど、新しい俳句表現の先陣を切ってきた俳人、伊丹三樹彦(いたみ・みきひこ、本名・岩田秀雄=いわた・ひでお)さんが21日、肺炎のため亡くなった。99歳。通夜は22日午後6時、葬儀は23日午前11時、兵庫県伊丹市宮ノ前1の2の30のクレリエクシードホール。喪主は長女で俳人の伊丹啓子(けいこ)さん。

 兵庫県伊丹市生まれで、同県三木市育ち。この地名が俳号の由来となった。13歳で俳句を始め、新興俳句の旗手、日野草城(そうじょう)に師事。1949年、草城主宰の「青玄」創刊に参加した。56年、草城の死去により主幹として後を継いだ。

 定型を生かしながら、無季俳句や口語俳句、行を替えたり一字空けを施したりする「分かち書き」を実践。伝統俳句と一線を画し、俳壇では異端児と呼ばれた。70年から自分で撮影した写真と俳句を組み合わせた新しいジャンル「写俳」を始め、アジアを中心にカメラを提げて世界各国を旅し、行動派の俳人として活躍した。2003年現代俳句大賞を受賞。05年に体調を崩し、「青玄」を06年1月号で終刊。しかし、奇跡的な回復を見せて次々と句集を刊行。最晩年まで旺盛な創作活動を続けた。妻の故・公子さんも俳人だった。

 句集は「仏恋」「内外」など。代表句に「詩を書いて 一生綿々 蝸牛(かたつむり)」「正視され しかも赤シャツで老いてやる」など。

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