戻った「けんか七夕」太鼓 津波で行方不明に 岩手・陸前高田

戻った「けんか七夕」太鼓 津波で行方不明に 岩手・陸前高田

戻ってきた「けんか七夕」の太鼓と松坂享さん=岩手県陸前高田市気仙町で

 東日本大震災前、山車をぶつけ合う岩手県陸前高田市気仙町今泉地区伝統の祭り「けんか七夕」に使われ、津波で行方不明になっていた和太鼓が見つかった。四つあった町内会がすべて解散した今泉地区の住民たちは「地域の面影を残す品。よく戻ってきてくれた」と喜んでいる。【三瓶杜萌】

 「見た瞬間に『うちらのだ』と分かった。物心ついた頃からたたいてきたから」。旧上八日町町内会の松坂享(あきら)さん(39)はそう振り返る。「ずっと会っていなかった友人が、ひょっこり帰ってきたみたいだ」と太鼓に付いた傷を指でなぞった。

 震災前は4町内会がそれぞれ山車を手作りし、太鼓も各自で保管していた。だが津波で山車は1台しか残らず、太鼓はすべて流された。山車のぶつけ合いは2012年に復活したが、残った山車以外の太鼓や灯籠(とうろう)などは震災後にそろえた新しいものを使っていた。

 見つかった上八日町の和太鼓は昭和初期にけやきの大木を使って職人が作ったとされ、修繕しながら受け継がれてきた。太鼓の胴の部分に「環金(かんがね)」と呼ばれる金具が四つ付いているのが特徴だ。松原さんは「けんか七夕でぶつかっても飛ばないよう、山車にロープでくくり付けるための金具。そんな太鼓はよそにない」と語る。町内会の長老が「うらはたたくな」とペンで書いた跡も残っていた。

 太鼓は震災直後、市内で市民が見つけていた。市は相談を受けたが、当時は市役所に保管できる場所がなく、自宅の倉庫で保管してもらっていたという。今年8月、市民から改めて問い合わせを受けた市が、市役所でいったん預かった。それを知った松坂さんが確認したところ、上八日町のものと分かり、今月7日、引き渡された。

 津波と大規模なかさ上げ工事で、地区を離れた人も少なくない。松坂さんも市内の別の場所で自宅を再建した一人だ。「普段は離ればなれでも、祭りとなればみんなが集まるのが何より楽しい」と話す。今年は祭りが新型コロナウイルスのために中止され、がっかりしていたが、そんな時にほとんど無傷の太鼓が見つかった。松坂さんは「震災10年を迎える来年こそ、この太鼓を再び打ち鳴らして祭りを楽しみたい」と願っている。

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