御嶽山噴火から5年 空から息子の足取り追う遺族

御嶽山噴火から5年 空から息子の足取り追う遺族

窓から山頂を眺める秋山則行さん=御嶽山上空で2019年11月3日午前11時53分、原奈摘撮影

 2014年9月の御嶽山(長野・岐阜県境、3067メートル)の噴火で亡くなった秋山浩和さん(当時25歳)の父則行さん(61)=千葉県市川市=は右半身にまひがあり、山に登ることはできない。それでも、「浩和が最後に歩いた道のりを見てみたい」と、親友が手配した小型飛行機で御嶽山上空へ飛んだ。窓から見えたのは噴煙、カルデラ、削れた岩肌――。「紛れもなく火山なんだ」。荒れた山肌を目に焼き付けた。【原奈摘】

 浩和さんは勤務先の損保会社の同僚と9人で御嶽山に登り、山頂で亡くなった。浩和さんの最後の行動を知りたい一心で、則行さんと妻秀子さん(62)は噴火2カ月後、生存者や犠牲者遺族から噴火前後の写真や映像を集め始めた。そこには山頂でたたずんだり歩いたりする浩和さんが小さく写り込んでいたが「浩和が歩いた道をこの目で見たい」との思いは消えなかった。

 2018年、秀子さんは山頂の立ち入り規制が解かれた9月26日に慰霊登山をしたが、則行さんは参加できなかった。11年に脳梗塞(こうそく)で倒れてから、歩くことはできるが転びやすく、登山は難しいためだ。「空から見えたらね」と冗談で言っていたことが、航空会社に勤める親友の協力もあり実現。埼玉県から御嶽山への90分間のフライトをチャーターした。

 3日、曇りの予報だったが、青空がのぞいた。実は今でも、火山のニュースや「御嶽山」という字を見るとビクリとする。犠牲者が残した降り注ぐ噴石の映像も見ているからこそ、浩和さんの感じた恐怖を想像してしまうからだ。離陸前、「見たいの半分、見たくないの半分」。緊張の面持ちでつぶやいた。

 黄色や赤に色付いた山々を超えて約40分。「右手に御嶽山が見える」とパイロットから放送があると腰を浮かせ、かぶりつくように山を眺めた。誰よりも早く、浩和さん一行が車をとめた王滝口の駐車場を見つけた。そこからスタートして、浩和さんが歩いた登山ルートを目で追った。

 山頂付近を捉えると、逃げられたルートを探した。「ロープウエーの方か二の池の方に行けば良かったのかな。あの場にいたら逃げるの難しかったのだろうな」。帰路も山が見えなくなるまで窓から目を離さなかった。

 俯瞰(ふかん)して御嶽山を見たからこそ感じたのは、紅葉に染まった他の山々との違いだった。「無機質に岩肌が削れていて噴煙も出ていて、生きている火山なんだなと。あの姿を見たら、ピクニック気分では登れない。やはり特別な山なんだと思う」と思い詰めた表情で語った。

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