明智光秀の坂本城跡、石垣露出に「感動」 琵琶湖の水位低下影響

明智光秀の坂本城跡、石垣露出に「感動」 琵琶湖の水位低下影響

琵琶湖の水位が下がり露出した坂本城跡の石垣。湖岸からコの字を描いている=大津市下阪本3で2021年11月19日午後0時48分、菅健吾撮影

 琵琶湖の水位低下で、戦国武将の明智光秀が琵琶湖畔に築いた坂本城跡(大津市下阪本3)の石垣の一部が露出し、話題となっている。市教委文化財保護課によると、石垣は普段湖水につかっており、露出は2007年以来とみられるという。

 同課は16日、石垣周辺に三角コーンを設置。19日にはロープを張り、石垣に触れないよう保護した。県外からも見物客が集まっており、金沢市から訪れた70代の夫婦は「雨が降って見られなくなる前にやって来た」、北九州市の80代男性は「歴史的に貴重なものを見ることができて感激した」と話した。

 観光ボランティア「坂本城を考える会」の恒岡善博副会長(77)は「10年間会員をしているが石垣を見たのは初めて。坂本城に唯一残る遺構で、感動している。ただ、水位低下による被害も心配だ」と話した。同会は土日の午前10時〜午後0時半、石垣近くの坂本城址公園で無料ガイドツアーをしている。

 一方、長浜市公園町の豊公園湖岸にある太閤井戸跡周辺も大きく姿を現している。通常の水位では、高さ約2メートルの石碑と礎石が水面から出ている程度だが、今は周囲を歩けるほど水が引いている。

 太閤井戸は、羽柴(豊臣)秀吉が築いた長浜城で使われていたとされ、1929年に起きた琵琶湖の渇水で発見された。

 現在は7、8メートルほど水が後退しており、足元を気にしながら、石碑の後ろに回って写真を撮る観光客の姿も見られた。

 長浜城歴史博物館の福井智英館長は「石碑の周囲がこれだけ露出するのは初めて。琵琶湖を意識して城が建てられたことに思いをはせながら、見学する場合は気を付けてほしい」と呼び掛けた。【菅健吾、長谷川隆広】

関連記事(外部サイト)