大切な人の生きた証し 150人待ち「形見テディベア」仕立て職人

大切な人の生きた証し 150人待ち「形見テディベア」仕立て職人

テディベアを手に持つ島邑和之さん=長野県軽井沢町軽井沢の軽井沢ベアーズで2021年9月10日午前11時50分、坂根真理撮影

 かわいらしいテディベアやオーダースーツを製作する長野県軽井沢町の「軽井沢ベアーズ」には、病気などで大切な人を失った悲しみを抱える人が持ち込んだり郵送したりした遺品の服や着物が届く。テディベアに着せる「お形見ベア」の依頼者たちで、ほとんど宣伝をしていないのに「150人待ち」の状態。同店代表の島邑(しまむら)和之さん(63)自身も、家族を失う悲しみや痛みに苦しんできた一人だ。「亡くなった大切な方の思い出をよみがえらせたい」と心を込めて製作を続けている。【坂根真理】

 10月、肺がんで父を亡くした村石淳子さん(47)=長野市=が母(80)を連れて、父のベアを受け取りに来た。「これは(量販店の)ジャスコで買った服。お父さんはこの色が好きだったね」。お形見ベアを見つめながら思い出話に花を咲かせた。島邑さんは「喜んでもらえてうれしいです」と目を細めていた。

 島邑さんはスタッフとともに、十数年間に約200体のお形見ベアを作ってきた。1体約4万円と安くはないが、口コミなどで評判が広がり約150人が製作を待つ。注文から受け取りには約1年かかるという。遺品や遺骨を身近に置く「手元供養」は新たな弔いの形として広がりつつあるが、テディベアは珍しいようだ。

 依頼者の一人に話を聞いた。複数の部位にがんを患う「重複がん」の闘病の末に、2019年に64歳で亡くなった佐藤宏樹さんの妻ひろ子さん(55)。宏樹さんは闘病の傍ら、「多くの人に重複がんについて知ってほしい」と啓発活動に力を注いできた。尊敬していた夫を失ったつらさを今も抱えている。

 ひろ子さんは、産婦人科医だった宏樹さんが愛用していた白衣を着たベアと対面した瞬間、「主人のぷっくり丸く出たおなかと、ベアの丸いおなかがそっくり。まるで主人が帰って来たみたい」と涙を流した。「主人の写真や動画は涙が出ていまだに見ることができません。クマちゃんだから見られます。主人を身近に感じることができます」。自宅リビングのソファに置き、肩を寄せ合って過ごしている。

 遺族の気持ちに寄り添って製作するのは、島邑さんにとって「供養」の意味を持つからだ。島邑さんは両親と妹の3人を突然亡くし、そのつらさと向き合ってきた過去がある。

 出身は大阪。複雑な家庭環境で育ち、高校生の時に実家から離れて1人暮らしを始め、アルバイトで生計を立てた。大手アパレル会社勤務を経て、長野県内でオーダースーツを仕立てる店を構えた。忙しさなどを理由にして、家族を遠ざけるように生きてきた。

 その後、父母とも心臓発作などの病気で相次いで急死した。「なぜ生きている間にもっと親孝行をしてあげられなかったのか」と、長年の自分の不義理を責めた。妹も、家族を心配させないように末期がんであることを隠したまま40歳の若さで亡くなった。

 約13年前、母の葬儀があった日のことだ。台風が近づいており、風は強まっていた。葬儀所から火葬場へと車を進めていると、巨大な倒木が道を塞いだ。失ったばかりの母と重なった。「あまりにも急に倒れた母の苦しみや悔しさが倒木から伝わってきたんです。さぞかし無念だっただろうと思います」。深い悲しみが募った。

 思いがけない依頼から、お形見ベアが始まった。もともと手作りのテディベアは、スーツを注文した顧客へのサービスだった。08年、一人の女性が花柄のワンピースを店に持ち込み、テディベアの製作を依頼した。事情を聞くと、病気で高校生だっためいを亡くし、めいが気に入っていた洋服だという。心を動かされた島邑さんが洋服を仕立て直してテディベアに着せると、女性は涙ながらに喜んだ。

 島邑さんは言う。「お形見ベアを作り続けることが、両親や妹の供養でもあるんです。喪失感で苦しむ人の役に立つことが神様から与えられた仕事だと思うようになりました」

 お形見ベアを家族のように迎え入れてもらいたいと思い、極力、来店して引き取ってもらうようにしている。ある時、夫を失って気落ちしている母親を励まそうと、娘が内緒で依頼した。店で初めてお形見ベアを見ると、母親は抱きかかえながら泣き崩れた。「一緒に帰ろうね」。目を赤く腫らしながらも笑顔の2人はお形見ベアに声を掛け、「3人」で店を後にしたという。

 「大切な人を亡くすと喪失感で苦しくなりますが、お形見ベアを手にしたお客様は笑顔になります。ベアは亡くなった人の思い出が詰まった服を着た『生きた証し』。生きていく糧になればうれしい」。島邑さんはそんな願いで客を見送っている。

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