君津製鉄所創業のドキュメンタリー、OBら視聴 移住当時を懐かしむ

君津製鉄所創業のドキュメンタリー、OBら視聴 移住当時を懐かしむ

開業から13年後の君津製鉄所。中国のケ小平副首相(当時)が視察した=1978年10月

 八幡製鉄(現日本製鉄)による君津製鉄所の創業を取り上げた「RKB毎日放送」(福岡市)のドキュメンタリー番組「もうひとつの八幡製鉄所・君津〜『民族大移動』から50年〜」が4月、千葉県君津市の周西公民館で上映された。君津製鉄所のOBら約80人が駆け付け、当時を懐かしんだ。

 1965年に君津製鉄所が開業した際には、八幡製鉄の拠点だった北九州市から約1100キロ離れた君津市に社員や家族ら計2万人が移住し、「民族大移動」とも言われた。65年に4万3773人だった同市の人口は、75年には7万6309人にまで急増した。

 約50分の番組では、移住を決断した社員や、言葉と生活習慣の違いに戸惑う家族の苦悩が描かれている。また、半農半漁だった君津住民と町の急激な変化も収められていた。

 3月29日に福岡、佐賀両県で放送されたが、関東地方では見られなかったため、制作に協力した君津市が地元での上映会を企画した。80人の参加者を募集したところ、あっという間に定員が埋まるほどの人気となった。

 参加者からは当時を懐かしむ声が聞かれた。

 君津市への移住を決断した一人で、OBの尾西輝国さん(79)は「あの時は『俺たちが君津を作るんだ』という意気込みだった。(番組は)自分のことのようだった」と笑顔で話した。

 山口県光市から68年に夫と共に移住した磯村紀子さん(81)も「懐かしかった」と感想を語った。当時の君津市はどこへ行っても道路が未舗装で、雨が降るたびにぬかるんでいたことを記憶している。「若かったから、苦労なんてなかった。東京にも遊びに行けると思ってわくわくした」と振り返った。

 上映後、番組作りを指揮した寺井到ディレクターは「OBへのインタビューでは、高度経済成長を支えた誇りを強く感じた。一方、転勤に伴い古里を離れ、苦労した家族もいた」と「民族大移動」の光と影を解説した。また、北九州市の八幡製鉄所跡地が、テーマパークを経て4月からアウトレットモールに変わったことを紹介。大企業誘致によって自治体の発展を目指すモデルについて、「もうあり得ない」と指摘した。【浅見茂晴】

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