対面接客の薬剤師、名札を巡る苦悩 フルネームやめる動き

対面接客の薬剤師、名札を巡る苦悩 フルネームやめる動き

薬剤師 名札をめぐり苦悩も

対面接客の薬剤師、名札を巡る苦悩 フルネームやめる動き

フルネームの名札を付けて仕事に臨む薬剤師たち。薬の説明を始めると、患者の目線が名札に移るのをよく感じるという=大阪市中央区の薬局で2022年9月6日午後5時26分、益川量平撮影

 街の身近な健康相談窓口である薬剤師が、自身の名札を見た相手からストーカーカスタマーハラスメント(カスハラ)の被害を受けるケースが相次いでいる。インターネットを使って個人を特定しやすくなったことが背景にある。国も問題視し、フルネームの名札着用を必ずしも求めないといった対策を講じている。

 「名札に記載したフルネームをもとにSNSで名前を検索され、若い女性従業員がつきまとわれた。クレーマーから『名前をネットにさらす』などと脅された従業員もいる」。大手ドラッグストアチェーンの50代の管理職男性が疲れた様子で話した。

 厚生労働省医薬・生活衛生局は従来、薬局や店舗の責任者に対し、薬剤師らは氏名記載の名札を付けるよう呼び掛けてきた。このチェーンの店舗でもフルネームの名札を胸に付ける決まりだったが、2020年ごろを境に、ストーカーやカスハラの被害が急増。配置転換を希望したり、心身の不調で休職したりする従業員も出てきた。

 管理職男性によると、新型コロナウイルス禍が始まった当初のマスクの品薄や、その後のPCR検査の混乱などへの不満から、ストレスを抱えた多くの客が店を訪れ、従業員に心ない態度をとる例が相次いだ。現在も、PCR検査について店では分からないことを問い詰める客がいるという。

 そこで厚労省は今年6月下旬、名札について「姓のみ」や「(ニックネームなど)氏名以外の呼称」の記載も認めると呼び掛け内容を変更。このチェーンでは8月以降、「姓のみ」としている。このチェーンとは別の愛知県内の調剤薬局に勤める女性薬剤師(26)は「仕事に支障はないと思う」と、今後はフルネーム表示をやめることも検討するという。

 一方、大阪府泉佐野市で薬局を経営する薬剤師、道明(どうみょう)雅代さん(67)は「従業員には原則、フルネームの名札を付けてもらう。(姓のみや匿名の状態で)患者さんと信頼関係を築き、責任を持って仕事ができるのか」と疑問を呈する。大阪府交野(かたの)市の薬局で薬剤師として働く羽尻昌功(まさのり)さん(53)も「名前を隠した医者に命を預けたいだろうか。薬剤師も患者の命を守る仕事。(カスハラなどの)悩みを抱えていないのなら、フルネームを示して働いた方がよい」と話す。

 経営コンサルタントで、労働を巡るトラブルに詳しい社会保険労務士の大庭(おおば)真一郎さん(56)=大阪市鶴見区=は「名札にニックネームを記す居酒屋や、平仮名で名字のみ記すスーパーマーケットや家電量販店もある。厚労省の薬局への対応もこのような(接客業界の)変化に倣ったのだろう」とみる。

 社会で進む匿名化には懸念の声も上がる。匿名社会やネット中傷に詳しい小俣謙二・駿河台大教授(社会心理学)は「ストレスや不満の解消方法が分からない人がおり、どこの誰に攻撃されるか分からない時代。ただ、コミュニケーションに支障が出るといった負の側面もあるため、名札の判断は店ごとに分かれるだろう。匿名化の先の社会のあり方をきちんと考える必要がある」と指摘している。【益川量平】

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