愛媛県の聖火リレー「シェー」ポーズでトーチキス 「昭和を意識したくて」

愛媛県の聖火リレー「シェー」ポーズでトーチキス 「昭和を意識したくて」

愛媛の聖火リレーで"シェー"

愛媛県の聖火リレー「シェー」ポーズでトーチキス 「昭和を意識したくて」

聖火ランナーを務めた入江則裕さん(左)と田島七海さん(代表撮影)

愛媛県聖火リレーは22日、県南西部11市町で引き継がれた。愛南町2番目のランナーとして、内子町に工場を持つ金属加工会社「入江工研」(本社・東京)社長の入江則裕さん(63)がニコニコ顔で快走した。この工場は10年前の台風被害で水没し、1カ月半ほど製造ラインが動かなかった。「一昨年も台風で被害が出ましたが、10年前の経験もあったので乗り切れた。愛媛の山奥でつくられた機械部品が世の中を動かしていることを知ってもらいたかった」と入江さんは言葉に力を込めた。

14歳の中学生へのトーチキスでのポーズは漫画「おそ松くん」に登場するイヤミの「シェー」だった。「昭和を意識したくて、誰もやっていないポーズにした。聖火を引き継いでもらった中学生は意味が分からなかったようですが」と入江さんは笑った。1964年の東京五輪後に創業してから55年が経過した。聖火リレーのポーズに昭和の記憶を残したかった。

初代社長の父則公さんは国鉄時代に「時速200キロ」の新幹線を完成させるプロジェクトに参画し、達成した。模型でのテスト走行では200キロのスピードに車両が耐えきれずに脱線し、途中で宙に舞って、何度も失敗を繰り返した。「よく10年ぐらいで新幹線に人を乗せて走れるようにしたと思います。よくぞ東京五輪と同じタイミングで新幹線を開通させられたと感心しています」と話した。

その後則公さんは、伸縮自在の金属部品の開発と製造するため「入江工研」をたち上げた。現在は真空の状態をつくる技術を駆使して人工衛星の部品などを製作している。

64年東京五輪の聖火リレーをテレビなどでみて「かっこいいと感じた。ウルトラマンのシュワッチみたいな感覚です。漠然と大人になったら聖火ランナーになりたいと思っていた」と強いあこがれてを持っていた。厚紙で手製のトーチをつくったのがものづくりの最初だった。「4年後にウチの部品を搭載した人工衛星が水星までいく。聖火も宇宙も夢は持ち続ければかなうんです」と入江さんは笑顔でうなずいた。【寺沢卓】

◆22日の聖火リレー 四国4県を巡ったリレーは愛媛県の八幡浜市で締めくくった。伊予市のアンカーは道後温泉「宝荘ホテル」社長の宮崎光彦さん(64)で「1年聖火リレーが延期なって、このコロナ禍で初孫を授かりました。将来、孫にこの聖火のことを話します。聖火は希望の光です」と話した。聖火は23日に九州に入り、温泉の街・大分県別府市からスタートする。昭和30年代の町並みを再現した「昭和の町」と呼ばれる地区のある豊後高田市などをトーチが駆け抜け日田市まで走りきる。

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