元球児小泉進次郎氏「みんなの思い燃焼させる場を」

元球児小泉進次郎氏「みんなの思い燃焼させる場を」

小泉進次郎環境相(20年3月撮影)

小泉進次郎環境相は22日の記者会見で、夏の甲子園大会が新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となったことについて問われ、元高校球児の立場から「(聞いた時は)言葉もなかった。野球にかけてきた球児のみんなの人生を左右するような、大きなことだととらえている」と、打ち明けた。

進次郎氏は、神奈川県の関東学院六浦高で甲子園を目指した。野球にかけた当時を振り返る中で「自分が高校3年の時のことを想像し、あのとき、もし、今年のようなことが起きたら、自分はどう思ったかと考えた」と、述べた。その上で「(自分は)甲子園に行けるかどうかを問わず、最後の大会まで『燃え尽きる』ことができた。当時は自分の実力も理解できていなかったので、高校に入ったころはプロ野球選手になりたいと思っていた。なれないことにだんだん気づくのですが、それでも燃え尽きることができて、野球以外の道に自分の情熱を傾けることができた。最後の大会までチームのみんなで燃焼できたということが、すごく大きかった」と指摘した。

「それが今回は、燃え尽きる、ぶつけるという機会が(球児たちに)ない。このまま学校卒業を迎えるということになった場合、今どういう気持ちなのだろうか」と、球児の気持ちに思いをはせた。

各都道府県で、代替大会の実施に関する議論があることを念頭に「球児のみんなの思いをどのように、良い意味で燃焼させる場をつくっていけるかどうか、知恵を絞っていただきたい。神奈川という、全国で最も野球部の数が多い県の出身としては、やるのであれば(地元)横須賀の球場も使ってほしい」とも。目指してきた目標が、想像もしなかった理由で消えた球児たちを「非常に心配しています」と、気遣った。

進次郎氏は高校時代、二塁を守り、打順はおもに1番。副将も務めた。99年春の県大会は、桐光学園に勝ってベスト8まで進み、最後の夏となった99年夏の県大会は、ベスト16で涙をのんだ。1学年上の松坂大輔(西武)がいた横浜高と、練習試合で対戦したこともある。