室伏親子と「ハンマー3鉄人」菅原武男さん聖火リレー「自分で考え努力を」

室伏親子と「ハンマー3鉄人」菅原武男さん聖火リレー「自分で考え努力を」

トーチを手に笑顔を見せる菅原武男さん(撮影・鎌田直秀)

ハンマー投げで64年東京五輪に出場した菅原武男さん(83)が、後輩オリンピアンたちに向け、コロナにも無観客にも屈しない活躍を願い、エールを送った。東京五輪の聖火リレー東京都4日目は12日、立川市内で無観客による点火セレモニーを実施。「コロナとか、やる、やらないとか、いろいろ言われるかもしれないけれど、若い青春時代を遊びもなく努力してきているのだから、自分の精いっぱいのベスト記録を出してほしい」。周囲の雑音に惑わされず、最大限の力を発揮することを願った。

菅原さんは、72年ミュンヘン大会などで活躍した室伏重信さん(75)、00年アテネ大会金メダルでスポーツ庁長官を務める室伏広治さん(46)と並ぶ「ハンマー3鉄人」と称されている。五輪初出場の60年ローマ大会は「競技を続けるかどうかを見定める大会でしたよ」。予選落ちだったが、闘志に火がついた。174センチ、85キロ。「小さな体で190センチくらいある大男に勝つには、どうしたら良いか考えましたよ。ハンマーは利用出来る遠心力があるな、と」。当時主流だった3回転ではなく、誰もやっていない4回転で投げるには…。学者に弟子入りし、時にはウサギなど動物の動きも参考にした。64年東京はケガに泣き「地元で、あれほど悔しい、悲しい、むなしい気持ちはなかった」。悔しさを糧に4回転をさらに進化させ、68年メキシコでは4位。記録は3位選手と同じだったが、セカンド記録で32センチ及ばなかった。

「今は情報がありすぎて、何を選べば良いか難しい時代。今のアスリートにも自分で考えて努力してほしいです」。自身は肺がんになり、現在も闘病中だ。「死ぬまでに日本人に世界記録を出してほしいね。室伏広治の教え子なら最高。私も5回転は出来るのかなあと今でも考えていますよ」。より高く、より遠く− 今も考え続ける鉄人は、後輩たちの舞台を照らす聖火のトーチを高く掲げた。【鎌田直秀】

◆菅原武男(すがわら・たけお)1938年(昭13)5月23日生まれ、秋田・鹿角市出身。毛馬内高(現十和田)でハンマー投げに出会い、日大時代の60年ローマ大会で五輪初出場。リッカーミシン陸上部に所属し、64年東京13位、68年メキシコ4位、72年ミュンヘン20位。63年から70年まで日本記録を保持。当時は174センチ、85キロ。趣味は盆栽。今後の夢は世界旅行。

◆12日の聖火リレー 東京都の4日目も、公道開催は中止し、点火セレモニーのみ行った。ハンマー投げで60年ローマ大会から4大会連続出場した菅原武男さん、ともに2大会連続出場した新体操の秋山エリカさん、カヌーの笹本弘子さんら、オリンピアンが登場。キャスターとして五輪取材に携わってきた小倉智昭さんがこの日のトーチキスを締めくくった。今日13日は東村山市内で無観客開催。佐々木健介、北斗晶の元プロレスラー夫妻や、故志村けんさんの兄知之さんが聖火をつなぐ。