自宅で被災した女子野球選手、夢は甲子園出場 プレーできるありがたさ痛感

自宅で被災した女子野球選手、夢は甲子園出場 プレーできるありがたさ痛感

ボールを上げ笑顔を見せる飯泉さん(撮影・山崎純一)

<北海道胆振東部地震から3年>

最大震度7を観測した北海道胆振東部地震から6日で3年がたつ。日高町の自宅で被災した元日本ハムファイターズジュニアの飯泉百華さん(14)は、野球ができるありがたさを痛感し、女子高校野球選手として将来、甲子園でプレーすることを目標に掲げた。

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北海道胆振東部地震から3年、飯泉さんは中学2年生になった。日高門別中に通い、学校の部活動と並行しながら女子軟式野球チーム、札幌シェールズで野球を続けている。「野球ができることに感謝の気持ちを持ちながら」と、ありがたさを感じている。

震災時は小学5年生だった。地震発生直後は自宅で就寝していた。兄至穏さん(15)が上に眠る2段ベッドの下で大きな揺れに目が覚めた。幸いにも大きな被害はなかったが、今までにない恐怖を味わった。「(一つ間違えば)絶対つぶされてると思いました。ベッドが崩されるくらいの揺れだったので」と当時を振り返る。

普段練習していた施設も被害を受け、使用できなくなるなど苦労はあったが、野球を諦めなかった。翌19年には日本ハムファイターズジュニアメンバーに選出され、12月に札幌ドームで行われたNPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。

今夏には大きな刺激を受けた。高校女子硬式野球の決勝が初めて甲子園で開催された。「自分も高いレベルでやりたいと思った」。今後は硬式野球部のある高校へ進学し、甲子園でのプレーを夢見ている。緊急事態宣言が出されている今は部活動が自粛中のため自主トレで体を動かしている。自宅前で父裕太さん(38)にノックを打ってもらい、母愛里紗さん(42)にバドミントンの羽根を投げてもらって打撃練習するなど協力を得ながら腕を磨いている。「プロになりたい」と思い描く未来に向かって歩んでいる。【山崎純一】