観客と舞台つなぐ“最強”手段「演劇ポスター」今昔

観客と舞台つなぐ“最強”手段「演劇ポスター」今昔

横尾忠則さんの状況劇場「腰巻お仙」のポスター

<ニュースの教科書>

街角で演劇のポスターを見かけなくなりました。コロナ禍で公演がなくなったり、貼る場所の定番だった喫茶店やバーなど飲食店に自由に出入りできないためです。インターネットもなかった時代、ポスターは観客と舞台をつなぐ最強の「手段」でした。ポスター貼りを生涯の仕事にする笹目浩之さん(57)のインタビューとともに、演劇ポスターの今昔を振り返ります。【林尚之】

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【アングラが演劇ポスターの原点】演劇ポスターが注目されたのは、1960年代後半から70年代のアングラ演劇全盛期でした。唐十郎さんの「状況劇場」、寺山修司さんの「天井桟敷」、佐藤信さんの「黒テント」など、これまでの新劇と一線を画す、実験的で型破りなアングラ演劇は若い人たちの熱い支持を受けました。同時に、横尾忠則さん、粟津潔さん、赤瀬川原平さん、金子国義さん、宇野亜喜良さん、篠原勝之さんら気鋭のグラフィックデザイナーやイラストレーターによる斬新で大胆な演劇ポスターが登場しました。

それらの美術的な評価も高く、横尾さんが状況劇場に描いた66年「腰巻お仙 忘却編」のポスターは、ニューヨーク近代美術館のポスター展で60年代を代表する世界のポスターのベスト1に選ばれ、サザビーズのオークションで250万円で落札されたこともあります。

【80年代の小劇場ブーム】アングラ演劇に続き70年代後半に登場したのは、野田秀樹さんの「夢の遊眠社」、80年代に入り、鴻上尚史さんの「第三舞台」、83年に三谷幸喜さんの「東京サンシャインボーイズ」が人気となりました。

学生劇団から出発したところが多く、初期の夢の遊眠社のポスターは、野田さんの高校時代の同級生で、東京芸大に進学した友人が描いたもの。アングラ演劇のような「劇団の旗印」という仰々しさはなく、駒場の東大内にあったシルクスクリーンを使い、自分たちでポスターを製作する手作り感のあるものでした。

【漫画家による演劇ポスター】つかこうへいさんの公演ポスターは、つかこうへい事務所時代は和田誠さんの軽いタッチのものでした。演劇活動を再開し、銀座セゾン劇場で公演を行った時、人気漫画「沈黙の艦隊」で知られる、かわぐちかいじさんのポスターが登場しました。担当プロデューサーが「これ、今人気ですよ」と、かわぐちさんを提案すると「『沈黙の艦隊』だろ、いいんじゃないか」と乗り気になり、「飛龍伝’90」「新・幕末純情伝」でかわぐちさんのポスターが実現しました。そのほか、数多くの人気漫画家もポスターに起用されています。水木しげるさんの状況劇場「河童」、大友克洋さんの黒テント「与太浜パラダイス」、白土三平さんの劇団自由劇場「赤目」をはじめ、自らの作品が舞台化された際に、長谷川町子さん、手塚治虫さん、馬場のぼるさん、松本零士さん、モンキー・パンチさん、萩尾望都さん、美内すずえさん、高橋留美子さんの漫画がポスターを飾りました。

【街中に貼られたポスター】劇団四季がミュージカル「キャッツ」を初演した83年は、街中に黄色い目が光る「キャッツ」のポスターを、至る所で目にしました。普通の演劇は多くても700〜1000枚ですが、「キャッツ」は数千枚に及びました。その後、JRと協賛公演を行うようになると、各地の駅に張り出され、地方の小さな駅でも「キャッツ」ポスターを見ることがあり、ポスターが都会のミュージカルの入り口でした。「キャッツ」は上演回数1万回を超え、11日に37周年を迎えました。

■ポスター貼りのプロ 笹目浩之さんに聞く

演劇ポスターに魅せられ、ポスター貼りを職業にした人がいる。ポスターハリス・カンパニー代表の笹目浩之さんだ。

82年に寺山修司さん率いる天井桟敷最後の公演「レミング」を見て、天井桟敷に参加しようと思ったが、翌83年に寺山さんが亡くなり解散。その追悼公演でポスター貼りを手伝ったのが転機になった。各劇場から定期的にポスター貼りを頼まれるようになり、87年に「ポスターハリス・カンパニー」を立ち上げた。ポスターの収集にも力を入れ、50年代から最近のものまで2万枚以上の貴重なポスターを収集している。これまで国内外で100回以上も展覧会を開催し、ポスターの魅力を伝えてきた。

「ポスターは、公演が終わると、告知という役割を終えるけれど、舞台や時代の空気を伝える力を強く感じます。映画のポスターは、昔からフィルムセンターが収集していたけれど、演劇では公共で集めているところがなかった。それじゃ、私がやろうと思った」。一時期、新国立劇場と提携して収集にあたったが、その後、新国立劇場が収集から撤退。現在、自力で集めている。「当時の関係者や、古本屋を回ったり、ネットオークションもよく見たりして、昔のものも集めています。2万枚以上もあるので、3カ所で保管していて、保管料で年間300万円ぐらいになります」。

ネット社会になって、費用対効果からポスターを作らない公演も多くなった。さらにコロナ禍が、ポスター貼りにも打撃を与えた。「公演もなくなって、4月から8月は収入はほぼゼロになった。10月でも前年比の30%くらいです」。

さらに、貼る場所にも困っている。ポスターは劇場をはじめ、飲食店、美術系の大学や専門学校に貼っていたが、何かあると困るので、貼ること自体を自粛するところも出てきた。定番の貼り場所だった飲食店や喫茶店、バーでも、お客さんが、完全に回復しておらず、効果的かどうか? ということで、仕事が少なくなり、ポスター自体を作らなくなった劇場や劇団もある。

チラシも以前は劇場入り口でチラシの束を手渡されたが、今は平台に置かれ、手に取る人も少なくなった。ポスター文化は廃れるのだろうか。

「紙文化がどこまでやっていけるか、正直分からない。ただ、久しぶりに貼りに行くと、『待っていたよ』と楽しみにしている人もたくさんいる」と、笹目さん。ポスター貼りをライフワークと決めている。

■中止となった公演などオンラインで展示

コロナ禍で中止となった演劇公演は、全国で800を超えています。早稲田大学坪内博士記念演劇博物館では、そういった公演のチラシ、ポスター、台本などを収集し、10月から一部をオンライン展示「失われた公演 コロナ禍と演劇の記録/記憶」で公開しています。

同館の後藤陸基助教(39)は「なかったこと自体を記録しないと、ただの『空白』に終わってしまう」と、6月18日から収集を始めました。「約120団から500点以上の資料が集まりました。オンライン公開をきっかけに、さらに資料が集まるようになりました」。来年春には、資料を展示する展覧会も予定しています。

◆林尚之(はやし・なおゆき)78年入社。主に演劇・演芸を担当。40年の記者生活で10回以上見た舞台は、「放浪記」「女の一生」「熱海殺人事件」「ハムレット」「ロミオとジュリエット」「桜の園」「かもめ」、ミュージカル「ラ・マンチャの男」「屋根の上のヴァイオリン弾き」「キャッツ」「オペラ座の怪人」「ライオンキング」「ジーザス・クライスト=スーパースター」「レ・ミゼラブル」「エリザベート」「SHOCK」など。