ビートルズ、ローリング・ストーンズが音楽ドキュメンタリー映画で復活

ビートルズ、ローリング・ストーンズが音楽ドキュメンタリー映画で復活

アップル本社屋上の演奏シーン(C)2021 Apple Corps Ltd. All Rights Reserved(ディズニー・ジャパン提供)

<ニュースの教科書>

伝説の2大ロック・バンドの音楽ドキュメンタリー映画が相次いで公開されます。未公開映像でつづる新作「ザ・ビートルズ Get Back」は25日からディズニープラスで配信。ジャン=リュック・ゴダール監督がザ・ローリング・ストーンズを撮った「ワン・プラス・ワン」が半世紀の時を経て12月3日にリバイバル上映されます。両バンドがもっとも熱かった60年代終盤には、このジャンルに多くの傑作が生まれています。【相原斎】

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ロック歌手の内田裕也さん(19年79歳没)は6年前のインタビューで、この2つの作品が撮影された頃のロンドンを自分のその後の人生を変えた特別な時代、特別な場所と語りました。

「(所属していた)渡辺プロとたもとを分かち、まずはロンドンに向かったんだね。羽田(空港)には(自分が発掘した)タイガースの5人が見送りにきてくれた。あれがベストタイミングだった。1年早くても、遅くても違ったと思う。音楽が文化、政治、世の中を動かす様を体感できた」

ロンドン生まれで、この時代に伸び盛りの30代を過ごした俳優マイケル・ケイン(88)はナビゲーターを務めた「マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!」(19年)の中で「それまでのロンドンは退屈だったが、あの時代は常識が破られ、街は鮮やかに彩られた」と当時の様子を振り返っています。

「−Get Back」は69年1月に撮影された膨大な映像を再構成したものです。57時間以上の未公開映像と150時間以上の音源を、「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン監督(60)が3部作、延べ6時間にまとめ上げました。

ジョン・レノンとリンゴ・スターは28歳、ポール・マッカートニーは26歳、ジョージ・ハリスンは25歳。スタジオではアイデアを出し合いながらその場で演奏し、時に議論しながら新曲を作り上げる熱い空気が伝わってきます。グループから心が離れかけているジョン、懸命なポールの様子も垣間見ることができます。

圧巻は彼らのレコード会社、アップル本社の屋上コンサートです。映画「レット・イット・ビー」(70年)でも紹介された奇跡のパフォーマンスが、今回は42分間ノーカットで盛り込まれています。

監督は「まるで現場に立ち会っているような究極の映像体験を目指しました」と言います。映像を見たポールも「僕たちがどれほどクレージーで素晴らしい時間を過ごしていたかを思い出させてくれた」とコメントしています。

メンバー間のやりとりを中心に、いわば内向きな熱さにスポットを当てた「−Get Back」とは対照的に「ワン・プラス・ワン」は、当時の若者たちの怒りや熱気をストーンズの曲にリンクさせるような撮り方をしています。

撮影が行われた68年、ゴダール監督は母国フランスで、「権威の象徴」としてカンヌ映画祭粉砕を叫んで中止に追い込み、米国に渡って先鋭的な社会活動家たちの取材を行った後にロンドンに乗り込んでこの作品に臨みました。

スポットを当てたのは、歴史上の流血と心の闇を歌い、物議を醸した「悪魔を憐れむ歌」のレコーディングです。ミック・ジャガーの生き生きした姿や、キース・リチャーズがサウンド面で主導権を確立していく様子が鮮明に映し出されます。当時リーダーだったブライアン・ジョーンズの影は薄く、監督はそんな人間関係を容赦なく映します。ジョーンズは撮影の翌年に脱退し、その直後に27歳で亡くなってしまいます。

映画は当時の社会運動や騒乱の映像を織り込む構成で、音楽にとどまらない時代の熱さを伝えてくれます。今年8月に亡くなったチャーリー・ワッツさんへの追悼の意を込めての再公開となったわけですが、80歳で現役のまま亡くなったこのドラマーはもちろん、平均年齢76歳のモンスターバンドが、いかにタフな時代をくぐり抜けてきたかを改めて実感させます。

ビートルズとストーンズにはこの他にも多くのドキュメンタリー作品があり、この時期でいえばストーンズの「イン・ギミー・シェルター」(70年)が知られています。全米ツアーを追った作品で、会場で起きたヘルス・エンゼルスによる黒人少年刺殺事件のショットも織り込まれました。

69年には米国で約40万人を動員した伝説の野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」も開催されています。この模様を収めたのが「ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間」(70年、マイケル・ウォドレー監督)です。ディレクターズ・カット版ではジミ・ヘンドリックス、ザ・フー、サンタナらそうそうたる顔触れのパフォーマンスも見られます。

時代を象徴するロック・ミュージシャンは映画監督にとっても貴重な素材のようで、この映画の編集には当時27歳のマーティン・スコセッシ監督も参加しました。一方、同時期にニューヨーク・ハーレムで開催されたもうひとつの音楽フェスの秘蔵映像でつづられた「サマー・オブ・ソウル」がこの8月に初公開されました。

こちらはスティービー・ワンダー、B・B・キング、ニーナ・シモンらが集った「ブラック・ウッドストック」の趣です。動員数は延べ30万人とウッドストックに迫る規模です。映像が半世紀も埋もれていたことについて製作総指揮も兼ねたアミール“クエストラ”トンプソン監督は「悪意なのか事故だったのかは分からないが、黒人文化が抹消されてきたことは確か。この作品を今後そうならないための良い契機としたい」と憤りを隠しません。「50年たっても不安や不公平、抗議活動…僕の周りでは何にも変わっていない」とも。

60年代終盤の音楽ドキュメンタリーが相次いで公開される理由の一つは、不安や騒乱といった負の部分が現代に通じているからかもしれません。

<「真夏の夜のジャズ」「ジギー・スターダスト」…名作数々>

音楽ドキュメンタリーにはこの時代を除いても、映画史に残る名作が少なくありません。

「真夏の夜のジャズ」(60年)は58年のニューポート・ジャズ・フェスティバルを記録しています。写真家のバート・スターンが監督し、若き日のアニタ・オデイの美しさやセロニアス・モンクのユーモラスな演奏が印象的です。

「ジギー・スターダスト」(84年)はシンプルな撮影にこだわったドキュメンタリー監督のD・A・ペネベイカーがデヴィッド・ボウイが73年にロンドンで行った歴史的コンサートを収録しました。架空のロックアイコン、ジギーを演じるボウイの貴重な映像です。

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(99年)はライ・クーダーがプロデュースした同名アルバムを元にヴィム・ヴェンダース監督が知られざるキューバの老ミュージシャンにスポットを当て、キューバ音楽が世界的に脚光を浴びるきっかけとなりました。

「ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム」(05年)は、マーティン・スコセッシ監督によるディランの自伝的作品で、本人が人生の岐路についてオープンに語る決定版的作品となりました。

◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒沢明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。ビル・エヴァンスの生涯を追った「−タイム・リメンバード」(15年)をネットコラムで取り上げた時、コメントなどの反応がいつもより2桁多く、このジャズ・ピアニストの根強い人気を実感した。