山下泰裕会長「来年の東京五輪を…」中曽根氏悼む

山下泰裕会長「来年の東京五輪を…」中曽根氏悼む

86年3月、スポーツ選手の懇親会で山下泰裕氏(左)と握手する中曽根康弘氏。右は橋本聖子氏

日本電信電話公社や国鉄などの民営化を行った中曽根康弘(なかそね・やすひろ)元首相が29日午前7時22分、老衰のため都内の病院で101歳の生涯を終えた。

日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長(63)が29日、中曽根康弘元首相を悼んだ。この日、故郷熊本で行われるハンドボール女子世界選手権(30日開幕)のアンバサダーとして熊本市内でレセプションパーティーに出席した同会長は「来年の東京五輪を見てもらいたかった」と、故人をしのんで話した。

84年ロサンゼルスオリンピック(五輪)無差別級で負傷しながら金メダルを獲得。国民栄誉賞を受賞した際には「やすひろ(康弘)からやすひろ(泰裕)へ、と言っていただいた」と懐かしんだ。当時はスポーツと言えば野球や大相撲、ゴルフなどプロスポーツが中心。五輪競技初の受賞に「柔道ではなく、アマスポーツの代表という気持ちだった」と話した。

柔道家が国民栄誉賞に輝いたことが、国民の五輪熱をさらに高めた。「あれからは、多くのオリンピック選手が受賞した。オリンピックスポーツへの国民の理解も深まった。そのきっかけを作っていただいた」と感謝の言葉を口にした。

国民栄誉賞受賞後は食事をともにするなどし「毛沢東が柔道の理念『押さば引け、引かば押せ』を実践したことなど、柔道についても詳しかった。ずっと柔道を学んできた私よりも」と振り返った。そんな元首相の「スポーツ愛」を知るからこそ「残念です」。日本スポーツ界のトップとして迎える来年の東京五輪を前にした訃報に「日本選手が活躍する姿を見ていただきたかった」と、寂しそうな表情で話していた。【荻島弘一】