終電選んだ理由「電車に影響出ないから」新幹線殺傷

昨年6月、神奈川県内を走行中の東海道新幹線の最終電車で乗客3人が殺傷された事件で、乗客1人に対する殺人、2人への殺人未遂罪などに問われた住所不定、無職の小島一朗被告(23)の第3回公判が4日、横浜地裁小田原支部で開かれた。小島被告は最終便を選んだ理由を「その後の電車に影響が出ないから」と答え、この日もハキハキと、時には笑みを浮かべ声を張り上げ、身ぶり手ぶりで検察側の質問に答えた。

小島被告は中学時代には剣道部に所属し、1度も試合には出場しなかった。中学2年で給食だけ食べて帰るようになり、3年の2学期から不登校になった。高校は定時制に進学し、3年で卒業資格を得て卒業。当時は、「友人はいて、お泊まり会もしました」と語った。また、ネット上で知り合った女性と冬休みや夏休みを利用して会うこともあったと言う。

高校在学時にADHDとASDと診断され、就職してから初めて精神科病院に入院した。当時を「死にたいという気持ちはそんなに無かった。この生活より、ホームレス、精神科病院、刑務所の方が良いとおもった」と振り返る。

子どものころから刑務所に入ることが夢だった小島被告は、平成29年12月21日に寝袋、本、携帯、ガスこんろ、鍋、祖母のキャッシュカードを持って家出し、「死ぬなら餓死じゃないと、刑務所の夢は諦めきれない」と考えたが、3月16日からは毎日コンビニに行き、「餓死を諦めたらすぐ食べられるように」とカップラーメンなどを購入した。

反抗のきっかけとなったのは平成30年3月16日に叔母から電話で、「養子縁組を解消する。一緒の墓に入らない」という趣旨を伝えられ、「刑務所に入っても問題ないと思った」と答えた。刑務所に入るための殺人計画は、3月16日から23日までの間に考え、携帯で過去の事件などを調べ、どうすれば死刑や無期懲役になるのかを調べた。その結果、「3人殺すと(死刑になると)いけないので、2人。1人しか殺せなかったら、何人か重傷にしないといけないと考えた」。

犯行を計画した1週間は「本当にそんなことをしていいのか。もっと簡単に無期懲役になる方法はないか。私も人間なので論理に反することもあった」が、「自分の欲望を優先した」。この時すでに、新幹線で犯行を行う事や、通路側に座り、ナタで殺すことを決めていた。犯行前には夜の公園でナタの素振りは行ったが、切れ味を保つため実際に確かめることはなかった。犯行までに約3カ月間要したのは、「餓死状態ではとても人を殺せるような状態ではなかったから」と説明した。

犯行前日にホームセンターでナタを買い、別の場所でナイフも購入。「隣に座ったら強そうな人、子ども、老人、男、女関係なく、動物だと器物破損になるが、窓側に座ったら人間は殺そうと思った」。小島被告が乗車した東京駅では隣に乗客はおらず「本当に乗って来るのかな。ガランとしていて内心心配で、緊張していた」。新横浜で乗客が増えた事により「これで人を殺せるな。ちゅうちょすることは全くなかった」と犯行に及んだ。

最初に、窓側の隣に座った乗客に荷棚からナタを頭に振り下ろした。「1番は首を狙った。切り落とす事もできればやりたい」と考えていた。ナイフはナタが使えなかった時の、予備の武器としてポケットに入れていた。その後は「後は流れで、無差別に目に入ったら殺そう」と考えた。その後、死亡した男性が肩をつかみ止めにかかった事から標的に。通路に押し倒し馬乗りになり「こいつを殺そうと、思いっきりやりました」。最初に襲った乗客では無く「殺しやすい、殺しにくいで判断した」。あおむけに倒れ、両足を上げ抵抗した男性は「『待て、話を聞け』と言ってきました。それが最後の言葉でした」と笑みをこぼしながら声を張り上げた。ナタの切れ味が思ったより切れなかったので、何回もやった。殺した瞬間の気持ちを「よし、人を殺せたぞ」と即答した。

停車する時には外に警察が大勢いることはわかっていた。「1人しか殺せなかったのか。出血多量で他の人が死んでくれたら」と願ったと言い、「十分罪を犯した。暴れてもしょうがない」と思い、ナタを手から放し、警察には抵抗しなかった。【佐藤勝亮】