将棋の町 天童からプロ棋士を!初心者教室や有望な子への特別講座開催、異例の振興策

将棋の町 天童からプロ棋士を!初心者教室や有望な子への特別講座開催、異例の振興策

人間将棋に出演し、天童市初見参となった藤井聡太5冠(右)と対戦相手の佐々木大地六段

<情報最前線:ニュースの街から>

今年4月、藤井聡太竜王(19)を初めて招いて「人間将棋」を復活させた山形県天童市が、来年の市制65周年に向けて新たなミッションに動きだした。「1人残らず将棋を指せる」「プロ棋士を出す」という看板を掲げた。同市は、全国の将棋駒の約95%を生産している「将棋の町」。ただし、次世代の将棋熱は低く、出身のプロ棋士はいない。史上最年少5冠の誕生、コロナ禍で控えていた名物行事の復活を契機に、振興策として地元から盛り上げようとしている。

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「将棋のまち天童から名人を!!」。こんな横断幕が飛び込んできた。JR天童駅の改札を出て、すぐ左側。街を歩けば、郵便ポスト、施設の案内板、橋など市内の至る所に駒があり、歩道の中には詰め将棋が埋め込まれている。道の駅では駒作りを実演し、名人戦をはじめとした公式戦も59回開催されるなど、将棋はすっかり溶け込んでいる。

そんな天童市で、2017年(平29)12月に衝撃的なデータが出た。「児童や生徒の6割は将棋ができない」。市内の小・中学校を対象に実施したアンケートで、将棋熱の低下が浮き彫りとなった。

同年前半といえば、プロ1年目の藤井5冠がデビューから負けなしの29連勝という連勝新記録を果たしている。世の中の藤井フィーバーと反比例していた。

ちょうど市制60周年を翌年に控え、実行委員会では将棋の同時対局数で世界記録に挑む記念行事「二千局盤来」を企画していた。山本信治天童市長(74)は「1人残らず将棋を指せる町にしたい」と宣言。同時に、初心者向け教室も積極的に開催し始めた。18年10月に行われた「二千局盤来」には4724人が参加。2362局が市内で行われ、12年に都内で樹立された1574局を上回った。

浮上のキッカケをつかむと、翌19年にはエリート教育にも乗りだした。「プロ棋士育成事業」だ。子供教室で有望な子を選び、月4回プロ棋士から特別講座を受ける。1期生14人が選ばれ、水曜教室で講師を務めていた仙台市在住の熊坂学五段(44=引退)が木曜の夕方、特別指導に当たっている。

日本将棋連盟では既存の東京の関東研修会、大阪の関西研修会、名古屋の東海研修会のほか、裾野を広げるためこの組織を各地で立ち上げている。16年には福岡で九州研修会、20年10月に札幌で北海道研修会、21年4月に仙台で東北研修会ができた。それぞれの地域の出身棋士が幹事を務める。健全な少年少女の育成を目指すと同時に、プロ棋士養成機関「奨励会」の下部組織的な役割もある。

「責任は大きいですが、地方から盛り上げるという点で、将棋の町である天童からプロ棋士が出れば大きい」(熊坂五段)。

山形県出身のプロ棋士は4人。鶴岡市出身の故北楯修哉九段、人工知能(AI)学者に転身した西川町出身の飯田弘之七段(60)のほか、現役では酒田市出身の阿部健治郎七段(33)、新人で鶴岡市出身の岡部怜央四段(23)といるが、天童市からは出ていない。

年配の人たちはこう言う。「私たちは両親や祖父母から、将棋は指して遊ぶものではなく、駒を作って稼ぐものと言われてきた。プロを目指すという考えはあまりなかった」。実際に父親が駒を彫ったり、母親が朱書きでと金の「と」の字を書いて内職していた家もあったという。土地柄もあるのかもしれない。

将棋駒の生産は80年の4億7131万円をピークに、21世紀以降はその半分から3分の1以下に落ち込んでいた。「ふるさと納税」の返礼品として「名入れストラップ駒」を出したところ、15〜16年と飛躍的に伸びた。これに藤井5冠の活躍が続く形で駒が売れだすなど、「追い風」の要素が数多くなり始めた。

コロナ禍で中止となっていた人間将棋の復活で、天童は盛り上がりを見せた。同市役所では、来年の市制65周年に向けて将棋に絡んだイベントも企画しているという。これでプロ棋士が出て、藤井5冠とタイトルを争っての対決ともなれば、文字通り将棋で「天下取り」を目指すことができる。【赤塚辰浩】