森友、加計だけじゃない…日本の公文書管理は先進国でありえないレベル

森友、加計だけじゃない…日本の公文書管理は先進国でありえないレベル

森友改竄、加計、自衛隊日報問題の核心とは? 問題の深層を瀬畑源氏(左)と青木理氏が斬る!

森友学園への国有地売却をめぐり、決裁文書に「書き換えの疑いがある」と朝日新聞が報じ、ついに財務省はその事実を認めた。

行政文書を組織ぐるみで改竄(かいざん)し、偽りの内容を国会に提出するという前代未聞の事件が意味するものは何か?

『公文書問題 日本の「闇」の核心』(集英社新書)の著者で長野県短期大学准教授の瀬畑源(ぜばた・はじめ)氏と、ジャーナリストの青木理(おさむ)氏が、前編に続き、日本の公文書管理が抱える問題点、情報公開の実態を語り尽くす!

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青木 確かに森友だけでなく、加計、自衛隊の日報、先日話題になった裁量労働制の不自然なデータの件も含め、それぞれの問題の性質や所管する役所も違うのに、取材をすると最後はすべて公文書の作成と管理、そして情報公開の問題に行き当たります。

いずれの件も、行政権限の行使にあたった官僚がきちんと公文書に記録し、適切に管理・保存し、それをしかるべきときに公開すれば、「どの部分にどんな問題があったのか」ということはすぐに明確になるはずです。

もちろん、外交や防衛に関わることは一時的に非公開にする必要もあるでしょう。ただ、きちんと記録を残し、いずれは公開されるという前提があるからこそ、権限の行使者に緊張感と責任感が生まれ、放埓(ほうらつ)な権力の行使にもブレーキがかかるわけです。

ところが最近は、記録を残さない、あるいは残されていても隠されるということが常態化している。非常に深刻な事態ですが、背景には何があるんでしょう?

瀬畑 2001年に情報公開法が施行されて以降、行政文書の作り方は一変しました。それ以前は「公開する、しない」は基本的に官僚の判断に委ねられていたのが、この法律によって原則公開するものになったのです。

その瞬間、彼らは線引きを設けて、見せてもいい「公文書」と見せてはいけない「私的メモ」や「個人メモ」を巧みに使い分けるようになっていったんです。

青木 情報公開法が成立する前に、かなりの公文書が処分されたという話も耳にしたことがあります。

瀬畑 情報公開法では、行政文書の定義について「職員が作成または取得したものか」「組織で共用されているか」、そして「今も保存されているか」が問われます。逆に、この3つを満たしていなければ、「公文書ではない」として情報公開の対象外にしてしまうのです。

青木 例えば加計学園の問題で、元文科官僚の前川喜平さんが「官邸の最高レベルの意向」と書かれた文書の真正性を告発しましたが、実はあれも公文書ではないという扱いなので、情報公開請求しても出てこないわけですね。







■アメリカと比べて管理体制は雲泥の差

瀬畑 そうした状況をなんとかしようと、2011年に公文書管理法が施行されました。これは公文書の作成から、保存、そして最終的に廃棄するのか、永遠に保存するのかといった「公文書のライフサイクル」全体をきちんと管理しようという法律なのですが、一連の出来事を見ていると、法律の施行から7年たってもその精神が徹底されていないことがわかります。

青木 先ほども一部引用しましたが、公文書管理法は第一条で公文書を、「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」とうたっています。つまり、公文書に記された情報は主権者である私たち国民の知的財産だということです。

瀬畑 それに公文書というのは、その国の歴史の記録でもあるわけですから、非常に大切に扱うべきものです。しかし、日本では必ずしもそうなっていません。そもそも先進国として恥ずかしいレベルだと思います。

例えば、アメリカの国立公文書館には約2000人の職員が働いているんですが、日本の国立公文書館の職員は常勤がわずか50人ほどで、非常勤を入れてもせいぜい150人程度。それに彼らには、国の公文書のうち「何を保存するのか」という選別の権限も与えられていないのです。

そのため、どの文書を国立公文書館に保存するのかは、基本的に各省庁の判断に委ねられています。特に防衛や外交関連の公文書はほとんど移管されておらず、戦後日本の防衛に関する研究などは基本的にアメリカ国防総省や国務省の資料を頼りにするしかないという異常な状況です。

青木 最近は日本でも国立公文書館が手狭になって新しく建て直す計画が進められていますが、それが遅れ、民間の倉庫を借りて一時保管するという話もあります。公文書を民間の倉庫に保管するって、あまりにも恥ずかしい話じゃないでしょうか。

瀬畑 いずれにせよ、今大切なのは情報公開法や公文書管理法を支えている理念の原理原則に立ち返ることだと思います。つまり公文書とは、行政が何をしたのか、その結果だけでなく、その途中経過も含めて明らかにする「説明責任」のために存在するものだということです。

青木 その公文書を官僚が改竄したり、隠したりすれば、行政の根幹を支える信頼や責任は失われ、それはもはや「国」がその基盤そのものを失うことを意味します。

瀬畑 今回明らかになった財務省による「行政文書の改竄」はそれほど重大な意味を持つ、極めて深刻な出来事です。なぜ常識では考えられないようなことが起きてしまったのか、その原因と責任の所在を明確にすることが求められます。

(構成/川喜田 研 撮影/村上宗一郎)

●青木理(あおき・おさむ)







1966年生まれ、長野県出身。元共同通信記者。大阪社会部などを経て東京社会部では公安担当。近著に『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『安倍三代』(朝日新聞出版)など

●瀬畑源(せばた・はじめ)







1976年生まれ、東京都出身。一橋大学大学院社会学研究科特任講師を経て長野県短期大学准教授。著書に『公文書をつかう 公文書管理制度と歴史研究』(青弓社)など

■『公文書問題 日本の「闇」の核心』







(集英社新書、740円+税)







改竄が明らかになった森友学園の一件をはじめ、自衛隊の日報廃棄、加計学園の獣医学部新設をめぐって内閣府側からの圧力を示す文書がリークされるなど、公文書の管理に関わる問題が続いている。こうした問題の核心とは何か? 公文書管理と情報公開がいかに重要か、第一人者が徹底解説







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