大手メディアはなぜ「マイノリティの権利」を正面から議論しない?

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『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが「マイノリティの権利」とメディアの役割について語る。

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札幌地方裁判所は3月17日、国が同性婚を認めないのは憲法14条(法の下の平等)に違反するという「違憲判決」を日本で初めて下しました。これは大きな一歩になるでしょうが、同性婚がはっきりと法的に認められるまでにはまだ時間がかかるかもしれません。

LGBTの法的・社会的権利を認める動きは世界中で活発化しており、すでに29の国と地域が同性婚(もしくは同性パートナーシップ制度)を認めるなか、G7で「まだ」なのは日本だけです。

この問題に限らず、日本ではマイノリティの権利に関心が集まりません。理由のひとつは、大手メディアが本質的な議論を喚起する報道をしてこなかったからでしょう。

重箱の隅をつつくようなテクニカルな法律論・制度論や、当事者に思い切り寄り添った"感動ポルノ"はあれど、マジョリティを巻き込むための冷静かつ踏み込んだ切り口(例えば、そもそもフェアとは何か、男性はどう独占的に得をしてきたのか、など)が選ばれることは僕が知る限りほとんどない。

今までマジョリティや社会的強者が拒絶してきた、あるいは存在自体を認識してこなかった新しい価値観を認めるためには、踏み込んだ社会的議論が絶対に必要なのですが......。

僕自身のアメリカでの経験をいえば、ハーバード大学1年生だった1981〜82年頃は、ゲイ活動家のサンフランシスコ市議ハーヴェイ・ミルクが射殺された事件(78年)でますます勢いづいたゲイライツの運動が極めて活発でした。キャンパス内の空気を見ていると、このままアメリカはすぐにでも"同性婚の国"になるだろうと思ったほどです。

しかし、その後すぐにHIVの大流行で運動はトーンダウン。90年代の民主党ビル・クリントン政権下では、米軍内の同性愛について「Don't Ask,Don't Tell」(「聞くな、言うな」=公認しないが否定もしない)と呼ばれる政策が採用されましたが、アメリカで同性婚が正式に合法化されたのは2015年と、つい最近のことです。

つまりゲイライツ運動は70年代後半から一進一退が続いたわけですが、そのなかでさまざまな議論が巻き起こり、活動家らも積極的にアクションを起こしてきました。

一方、日本で大きなうねりが起きる気配はまだ見えません。グローバルスタンダードの議論は、もはや女性も同性愛者も、ミャンマーやウイグルで弾圧されている人々も、同じ「人権問題」として一直線につなげて考えるようになっていますが、日本でこの話をしても、女性や同性愛者にもなかなか理解されないでしょう。

なぜそんなことまで考えないといけないのか、議論せずともあるがままを認めて互いを尊重する社会になればいい――。確かにそれは理想的ですが、残念ながらいつもそうはならないのです。

一方を認めることは、他方の権利や価値観を脅かす可能性がある。同じ社会にいる以上、見て見ぬふりでは済まされない。話し合った上で寛容になり、譲り合う必要があるのです。

そして、本来はその交通整理こそがメディアの役目です。不祥事や不適切発言の主を叩くだけのイージーな"お祭り報道"をやっていれば、とりあえず目の前の数字は取れるのかもしれません。が、それでは社会は永遠に進歩できませんよ。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中。

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