コロナ禍の新習慣。人間は「マスク」を体の一部に取り込み積極的に楽しめるか?

「マスクをネガティブな『必要悪』ととらえるのではなく、自己表現の道具として体の一部に取り込んでしまえばいい」と語る正高信男氏

新型コロナのパンデミックがもたらした「新しい日常」の下で、今や当たり前の景色となったマスクをする人々。こうした「マスク着用の標準化」が人間のコミュニケーションや性にどんな影響を与えるのか?

霊長類学者の正高信男(まさたか・のぶお)氏が、サル学、動物行動学、文化人類学から芸能、文化、風俗まで縦横無尽に駆け巡り、ポストコロナ時代の人間について考えるのが『マスクをするサル』(新潮新書)だ。

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――本書のタイトルを目にしたとき、何について書かれた本なのか想像できませんでした。

正高 そうかもしれません(笑)。経済人類学者の栗本慎一郎さんの『パンツをはいたサル』がベストセラーになったのは1980年代の初頭だから、このタイトルがそのパロディだとわかるのは、ある程度年齢が上の人でしょう。僕は、2003年に『ケータイを持ったサル』という本を出していて、今回の本はその続編的な面もあるんです。

いわゆる「マスク警察」の話もそうですが、昨年に新型コロナ流行が始まって以来、人と人との関係がギスギスする話題を以前より多く目にするようになった気がしていました。

またマスクで口元を隠した人同士が、相手に視線を向けるのを避けて手元のスマホの画面ばかりを見ているという景色も、頻繁に目にします。

もちろん、マスクの着用そのものを否定するつもりはありません。コロナ流行下でマスクが生活必需品になっていますし、この状況がいつまで続くのかもわからない。

だったら、私たちはマスクを「仕方なく着けている」とネガティブにとらえるのではなく、積極的に「マスクを楽しむ」という感性を磨いたほうがいいんじゃないかと思ったんです。

――本書の冒頭で触れられている、昨年8月のMTVビデオ・ミュージック・アワード授賞イベントで、レディー・ガガが着けていたサルの表情を彷彿(ほうふつ)させるマスクの話が面白かったです。

正高 レディー・ガガのマスクは、マスクを積極的に自己表現の一部に取り入れるという意味で素晴らしいと思ったのですが、霊長類学者として興味深かったのは、彼女が着けていたマスクのデザインが、サルが威嚇や恐怖を表すときに見せる特徴的な口元の表情を忠実に再現していたことです。

ここで触れておきたいのが、いわゆるフェイス・トゥ・フェイスへの誤解です。私たちはよく「人と人が対面する」とか「お互いの目を見て話す」ことの重要性を強調します。

しかし、実は霊長類も含め人間以外の動物の場合、視線を交わすというのは「ケンカを売る」という意味だと言っても過言ではありません。

――なんかヤクザとかツッパリの世界みたいですね(笑)。

正高 ですから、チンパンジーやニホンザルは目ではなく、お互いの口とその周辺の口唇部をチラ見して相手の感情を推察して忖度(そんたく)する。これが「霊長類の処世術」の基本です。

これは人類にも引き継がれていて、人間の感情表現でも、口元の表情が非常に大きな役割を果たしている。そう考えると、口元がマスクで隠され、目と眉しか露出していない状態で、相手の気持ちを推察することが、いかに難しくなっているかわかると思います。

――それでも人間はマスクを積極的に楽しめますか?

正高 人間には「モノ(=道具)」を、まるで自分の体の延長物のように感じることができるという特徴があります。

義足が比喩ではなく「足の一部」になったり、日本人が目を閉じていてもハシでつかんだ感触で食材の情報を感じ取れたりするのも、人間が道具を体の延長として取り込むという特性があるからで、今ではスマホを体の一部のように感じる人も多いと思います。

だったら、マスクをネガティブな「必要悪」ととらえるのではなく、自己表現の道具として体の一部に取り込んでしまえばいい。先ほど触れたレディー・ガガのマスクや、アベノマスクをデコった女子高生たちの感性は、まさにそうした姿勢の表れだと思います。

――もうひとつ本書で気になったのが、マスクが人間の「性意識」に与える影響です。

正高 衣服や下着も人類の歴史の過程で体の延長として取り込まれた「モノ」のひとつですし、それに伴って人間の「性」に対する意識も変化してきました。人間が陰部を隠すようになった理由は、本書でも少し触れましたが、裸の状態への羞恥心や陰部の露出への感覚で、地域や文化によって異なります。

一方で、人間には「隠されたものへの興味」という特徴があり、下着で陰部が隠されるようになると、「見えない部分」への興味や想像力と性的な意識が結びついて、性的な興奮や好奇心を刺激するようになる。

かつては、西洋に比べて裸や陰部の露出に対する抵抗が少なかった日本でも、和装から洋装への変化があり、1960年代のミニスカート流行に伴う「パンチラ革命」で、男がパンチラを見たがり女がそれを羞恥するという構図が形づくられます。

――先生、マスクじゃなくパンツの話になってます(汗)。

正高 あ、そうそう(笑)。だから今、マスクで口元が隠されると、人間はその隠された部分への興味や想像力を働かせることで、性的な意識もまた変化してゆく可能性があります。

今のようにマスクをした顔が日常になると、例えばマスク姿しか見たことがないコンビニの女性店員さんがいるわけで、「マスク美人に萌える」みたいなことも実際に増えるでしょうし、マスクを外したときに一瞬見える口元の「マスチラ」に興奮する男性も出てくるかもしれません。マスク姿のグラビアも出てきています。

もともと人間の性行動は、相手構わずにやりまくる「乱婚型」のチンパンジーと、より特定の相手とのつながりが強いニホンザルの中間の「緩い乱婚」と考えられますが、近年はそれがチンパンジー型にシフトしつつある。「多目的トイレでの不倫」が話題になったお笑い芸人の一件は、ヒトのチンパンジー化を象徴するような出来事です。

しかし、人間という動物はモノを身体化し、隠された部分を好奇心や想像力で補うという能力を備えている。だったら、今や「マスクをするサル」となったヒトが、その独特な能力を積極的に生かすことで、新たな可能性が開けると思うのです。

●正高信男(まさたか・のぶお)
1954年生まれ、大阪府出身。霊長類学・発達心理学者、評論家。大阪大学人間科学部行動学専攻卒、同大学院人間科学研究科博士課程修了。京都大学霊長類研究所教授を2020年に退官。著書に『ケータイを持ったサル』『いじめとひきこもりの人類史』など

■『マスクをするサル』
(新潮新書 792円)
コロナ禍のニューノーマルとして定着したマスク。鼻から下を覆い隠す習慣は、人間の認知とコミュニケーション、さらにはヒトの性に関わる意識をどう変えるのか。霊長類学をはじめ、文化人類学、芸能、文化、風俗などさまざまな視点から考察する
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取材・文/川喜田 研

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