難民は"厄介な人々"? 世界と向き合わない日本社会の本音

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『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが日本社会の難民問題への向き合い方について指摘する。

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東京五輪に参加するために来日したものの、世界ランキングが下がり出場資格を失ったウガンダの男子重量挙げ選手が、事前合宿地から失踪し、その後身柄を確保されて本国へ送還された件。

そして、SNSでコーチ陣を批判したことで強制帰国を命じられたベラルーシの女子陸上選手が、ポーランドに亡命した件。動機も結果も違えど、国を代表するアスリートが難民申請や亡命を選択せざるをえないという現実を、われわれは目の前に突きつけられました。

非常に気になったのは、失踪時に「経済的な理由から日本で働きたい」との書き置きを残していたウガンダの選手について、ネットを中心に「強制送還は当然」との意見が目立ったことです。代表選手の地位を捨ててまで「日本で働きたい」と訴えたその思い、その動機は、決して一時の気の迷いなどではなかったと思うのですが......。

多くの日本人は、日本への移住を希望する外国人全般に対し、無意識に「役に立つかどうか」という物差しでジャッジをしています。突出した才能があれば、日本語を話せなくても移住や日本国籍取得に賛同するのに、必死で日本語を覚えて頑張る名もなき技能実習生の強制労働や人権侵害は黙認する。

"社会の負担になるような外国人"は、いかなる事情があろうと排除する――これが今の日本人の本音だと言われても仕方ありません。

ロヒンギャ難民、クルド難民、チベット族やウイグル族......。世界のあちこちで、母国の圧政から逃れようと国外に救いを求める人々がいます。しかし、日本政府はその求めに応じるどころか、むしろ厳格な取り締まりで入国を許してこなかった。日本の難民認定率の低さは国際社会でも際立っています。

その理由のひとつは日本政府が経済関係ばかりを優先し、相手国の政府の顔に「泥を塗らない」という方針を取り続けているからですが、その背景には多くの日本国民の無関心、当事者意識の欠如があると思います。

「外国からホメられる日本」でありたいと願いながらも、同時に難民問題などに関しては「なぜ他国の"厄介な人々"の面倒を見ないといけないのだ」と考えてしまう。これは日本社会が長年、国際社会とまともに向き合ってこなかったことのツケというしかありません。

こうした姿勢は人道的に大いに問題があるだけでなく、国家戦略上も得策とは思えません。これから人口減が本格化する日本社会は、端的に言えば、外国人を積極的に呼び込むしかない状況です。人手不足をAIで解決する、あるいは遅ればせながら少子化対策に力を入れる......それらも重要なことでしょうが、それだけでは無理です。

にもかかわらず、その現実に向き合わず、「治安が悪くなる」だの、「何かと不都合が増える」だのと、外国人が増えることのデメリットばかりを考えうる限り並べ立てて、変わろうとしない勢力がいまだにハバを利かせています。

確かに、外国人が増えると"面倒"は増えるでしょう。フェミニズム、人種差別、環境問題......いろいろな価値観が入ってくれば、日本式の「まあまあ、よしなに」は通じなくなる。しかし、そこから生まれるカオスを飲み干す胆力が、これからの日本社会には試されると僕は思っています。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ『青天を衝け』にマシュー・ペリー役で出演し大きな話題に!

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