"被害者"を生むような炎上上等の発信は規制されるべきか?

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『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、"炎上芸"の危険性を指摘する。

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迷惑行為や差別的な発言で注目を集め、再生回数を稼いだ後、批判に耐えかねて謝罪――YouTubeでそんな"炎上芸"がテンプレ化しています。つい最近も、メンタリスト・DaiGo氏のホームレスや生活保護についての発言と、それに対する批判を受けての謝罪動画にまつわる騒動がありました。

個々のケースごとに議論はあるでしょうが、そもそもどんな内容であっても再生回数を稼げば稼ぐほど"換金"されるというビジネス構造が、倫理観や深い思考の欠如した「速度感」だけの挑発パフォーマンスを量産させていることは間違いありません。

ただ、YouTubeだけでなくアート表現の世界でも、近年は似たようなベクトルの「挑発パフォーマンス」が増加傾向にあると感じます。具体的なケースを挙げればキリがありませんが、例えば2014年にイギリスのロンドンで開かれたアートイベントに、日本出身のアーティストが出展した"福島県産野菜を使ったスープ"は、海外メディアで「核スープ」という見出しで報じられました。

また、16年に京都のギャラリーで、アーティストがデリバリーヘルスを現地に呼び、女性を「さらす」パフォーマンスを行なおうとして批判を浴びたこともありました。

あるいは、これは多くの炎上目的の表現とは思想の深みが全然違いますが、ロシアの現代アーティスト、ピョートル・パブレンスキー氏はロシア政府の強権に対する抗議行動として、自身の睾丸をモスクワの「赤の広場」にくぎ打ちしたり、治安機関FSB(露連邦保安庁)の正面玄関に放火したりといった過激な表現をたびたび行なっています。

社会がネットでつながり、炎上芸で大きな瞬間風速を起こせる現在、ショッキングで"被害者"を生むような「見世物パフォーマンス」を行ないたくなるインセンティブは麻薬のように強まっています。

かつて僕もネットラジオや動画配信をやっていましたが、この10年で配信のハードルが下がり、多くのプレイヤーが参加した結果、明らかに市場は変質しました。もちろんまともな配信をしている方もいますが、炎上上等の"現代の見世物小屋"的なチャンネルは乱立するばかりです。

昨今のこの傾向には負の側面も多いと感じますが、とはいえ僕としては、問題のある表現を防ぐために表現の自由を制限するという"解決策"に安易に飛びつくべきとも思いません。また、深い思考の結果としてあえて行なわれる「倫理に反する表現」や「憎悪を主題にした表現」にも、十分にスペースを与えるべきだとも考えています。

そう考えると、やはり議論されるべき、問われるべきは何かを発信する側の姿勢や思考の深さです。先日、ムーミンの著作権管理会社が、企業トップが差別的発信を繰り返しているDHCとのコラボレーション商品の発売中止を決断しましたが、こうしたミクロな"社会の良心"が広がっていくことに期待しつつ、いま一度、表現の自由とそれに伴う責務や覚悟について考えるべきだと思うのです。

うかつな炎上芸や配慮のない発信、反倫理的な表現は、すぐにヘイトや政治、あるいは権力構造に利用されることで不本意に"回収"されてしまう危険性があることを十分に理解する必要があるでしょう。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ『青天を衝け』にマシュー・ペリー役で出演し大きな話題に!

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