36年間、救急医療の現場に立ち続ける現役部長「コロナに生き方の再確認を迫られたような......」

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累計118万部の人気シリーズ最新作が刊行、『救命センター カンファレンス・ノート』の作者・浜辺祐一氏は、都立墨東病院救命センターの現役部長。臨場感溢れる描写は秀逸で、2作目ではエッセイスト・クラブ賞も受賞している。

医療エンタメとして楽しめる一方で、登場人物のやりとりからは社会の在り方も問われ、ある種、禅問答の様相すらはらむ。来年3月に定年を迎える浜辺氏に、救命救急医療の現状からコロナ禍がもたらしたものまで前編記事に続き、お話しいただいた。

■多くの人が見ている世界とは違う

――では、これまで書き続けたのはこれを知ってほしい、訴えたいという積み重ねでしょうか?

浜辺 実は、別に救命センターのことを知ってほしいとか救命救急の現場がどうとか、そういうドキュメンタリー的な話がしたいんじゃなくて、もっとベーシックな、あるいは身近なことで、看護師に向けて話しているようなね、いわば、人生のワンポイントレッスンというつもりだったの。若かったのに生意気だよね(笑)。だって最初の本の原稿を書き出した頃は30代になったばかりだよ。

――それがまさに身近な共感を覚えるというか。医療用語が飛び交う臨場感に手に汗握る一方で、家族の複雑な心境が垣間見えたり、人としての在り方を問われる部分も。

浜辺 そういう風に受け取ってもらえればね。僕はもう、文章的な描写が下手くそなんで(笑)。それに、医者で救命センターをやっている以上、医学的なことに触れないわけにはいかなくて、難しいことを書きすぎなんですよ。ただ、こういう文章にする以外の方法論が僕にはないのでね。だから、こんなのによくぞエッセイスト・クラブ賞をくれたなっていう感じですよ。

――いや、やはり迫力もですし「見ている現実が違う」のがありありと伝わりますから。

浜辺 きっと多くの人が見てる世界とは違う世界に自分がいるから、見えるものが違う。だからそこで思ったこと、感じたことは言わなきゃいけない、むしろ感じなきゃいけないっていうかね。何が起きているかではなく、そこで感じたこと、わかったことを伝えなきゃいけないんだというのは最初からあったんです。

――植物状態や四肢切断となっても命をつなぐ是非や、どこまで医療介入するべきかなど、若い医師の言動を通して「医療の在り方」を考えさせられ読み応えがあります。

浜辺 若い医者の苦悩という体裁で書いたものの中には、僕自身の悩みもあるし「若い連中にもそう思っていてほしい」っていうものもあって......。実は以前、TVドラマ化っていう話もあったんだけど、脚本まで書いて持ってこられて、それを読んだら大病院の御曹司が主人公で、美人ナースと一緒に救急をやっていてという、なんだか、いかにも昼メロチックな......。

――(笑)。

浜辺 いや、TVドラマとしちゃ面白いんだろうけど、僕が言いたいのはそうじゃないんだ、筆でしか伝えられないことなんだって、生意気に書き続けていたわけですよ。

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――そうやって語り部として心に訴え続けての長期シリーズなのではと。下町の救急センターにいたからこそ、高齢化であり、孤独化でありという人間模様がひとつひとつテーマになっています。

浜辺 そういう意味では、いい場所にいられたんだと思うんですよ。例えば、これが一般企業に勤めていたら、見えなかった。あるいは見ようとしなかったかもしれない。しかし、よくもまぁ36年続いたよなと。

――それだけ救急医療の最前線に立ち続けた人も他にいないのでは?

浜辺 我ながら、アホだと思うよね(笑)。実際、大学の時の同級生なんて、どこかの病院長だとか理事長だとか、それこそ東大の学長にもなろうかってやつもいたし、下手すりゃノーベル賞獲るかもっていうのもいますから。まあ学生時代から、俺と違って優秀なやつらだったからなぁとか、感慨深いものがあるけど。

――歩み方が全然違いますね。

浜辺 全然、違ったね(笑)。昔、先輩に言われたけど、偉くなる人はひとところにずっといなくて、あちこち異動していろいろ経験して、そして上に立つと。だから同じところにずっといるってのは、なんだろう......。クチの悪い落語家が「人のやらないことをずっとやってるのが人間国宝」だって言ってたけど、人がやりたがらないことをただ30何年やってきただけっていうことかな。

――続けることが一番難しいことかと! 辞めようとは思わなかったのですか?

浜辺 ......それはなかったな。辞めさせられるかもしれないって恐怖は常にあったけど(笑)。いや、過去に若気の至りで、辞表を叩きつけて「辞めてやるー!」ってことが一度あったけれど、「まあまあ」ってとりなしてくれた上司がいたおかげで残ってるんだよね。

■なぜ生きるのか。考え続けることの価値 

――来春、ついに定年を迎えるということで、現場の今の世代に残したい言葉はありますか?

浜辺 正直、僕自身も先が見通せないんですよ。日本がどうなるのか、医療がどうなるのか。それこそ東京直下型地震がきたらどうするのか?とかね。単純に未来に期待するみたいなことは言えないというか、だからホント、ただ「あとよろしくね」としか言いようがないんだよね。

そういうことも含めて、コロナがどうしてこういうタイミングで出てきたのかですよ。オリンピックも含めて、僕自身の価値観が問われているというか......。

――社会的にも個人的にもその価値観がガラッと変わるような出来事の連続でした。

浜辺 生き方みたいなものの再確認を迫られたのかなと。もっと青臭い言い方をすると、人生の生きる目的みたいなね。ホント、青臭いんだけれども「あなたたちはなぜ生きているのか」「何を目的に生きているのか」って聞かれて、今の大人って答えられる? 斜に構えて「そりゃお前、なんだ、あれだよ」ぐらいしか、返ってこなさそうじゃない?

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――では、技術の進歩などとは別に、世代格差や考え方などで今、危惧する部分は?

浜辺 テクニカルな部分はもちろん進歩してね、新しい薬とか画期的な治療法もたくさん出てきてるんですけど、それは本質的なことではないような......というか、それが本質になっちゃったらマズいんだろうなっていう気がするんですよ。

――まさにこの著作では、人間の生死を目の当たりにする現場だけに「どう生きるか」という問いにたびたび当たります。若い医師も、孤独に暮らす高齢者を延命することが本当に正しいのかと悩みますし、格差や生活苦、家族関係とまさに映し鏡ですが......。

浜辺 今、日本には僕自身も含めて、ひとり暮らしっていっぱいいるじゃないですか。その孤独が積極的な孤独ならむしろ望ましい。あるいは「よし、これで自分の好きなことを」と思える人はOKなんです。でもそうじゃなくて、誰からも相手にされなくなった末の孤独なのか、そこの違いですよ。

僕自身もお役御免になるタイミングとも一致しちゃって、要は「もうアンタ必要ないから」と言われているわけです。そんな時に「どうすんだろ、俺」っていう、もう、おろおろしている自分がいるのがわかるから。考えると夜も眠れなくなっちゃうよね。これが若者なら絵になるんだけど(笑)。

――そこでやはり「なぜ生きるのか、いつまで生きるのか」という。

浜辺 それはとても大事なことですよね。まぁ、人間って何かきっかけがないと考えないですから。そういう意味ではすべての人にとって、コロナの出現も何かのきっかけにはなるもので、決して無駄ではないはず。あとがきには「活力ある明るいものになるように」と書いたけど、世の中の価値観であれ個人の考え方であれ、いい方向に向いてくれればと思います。

――そのために、今後また執筆活動でも新たな立場で問題提起を続けてもらえれば!

浜辺 えー、そんなの読みたい人いる? そりゃ集英社が出しますよと言うなら乗ってもいいけど(笑)。だけど、何か書けるものはあるかな。まぁドラマもto be continuedで終わっちゃうほうが面白いんじゃない? 

――これほどの現場体験をお持ちで、モノ申せる方も少ないかと。ますます社会の問題が深刻化する中、今後もファイティングポーズを取って、筆のチカラを見せていただきたいです!

●浜辺祐一(はまべ・ゆういち)
1957年、兵庫県生まれ。東京大学医学部卒業。東大病院救急部、国立水戸病院外科を経て、85年から救命救急センター開設と同時に都立墨東病院へ。現在、救命救急センター部長。99年『救命センターからの手紙 ドクター・ファイルから』で第四七回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞

取材・文/明知真理子 撮影/五十嵐和博

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