コミットメントはせず社会を好き勝手に断じる90年代カルチャーの終焉

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『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、90年代の「業界」に感じていた違和感とは――?

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映画界を中心に「日本版 #MeToo」ともいえるような告発が相次いでいます。近年、カルチャーの世界(いわゆる「サブカル」も含む)で著名人のパワハラ、セクハラに関する報道が続いていましたが、事ここに極まれり、というところでしょうか。

私自身、サブカル全盛期といわれた1990年代からメディアに出ていた立場ですが、当時は受け手としてさまざまなカルチャーを楽しんでいた一方、「業界」に対してはある種の違和感を持っていました。

サブカルと呼ばれたシーンの特徴のひとつは、際立って享楽的かつ露悪的だったことでしょう。東西冷戦が終結し、前の世代が引きずっていた戦後イデオロギーから解放され、政治的なイシューと距離を置いた若い世代の文化人は"永遠の少年性"を追求していたように思います。

文化やアートと呼べば、悪趣味も、行きすぎた性的表現(性的な強要や性暴力をたたえるようなスタンス)も許された。「露悪」によって熱意をかき立て、インモラルの度合いを競い合うようなムードさえありました。

ちなみにその頃、欧米では女性やゲイ、黒人などマイノリティの権利に対する意識が主に知識層の間で高まり、アイデンティティポリティクスが進み、アートも政治性を帯びていきました。日本はそんな潮流から隔絶された"文化的楽園(ガラパゴス)"でした。

欧米発のモラルから逸脱することはクールで、フェミニズムや人権のガチな議論をカルチャーの世界に持ち込むのは野暮(やぼ)。男尊女卑はよくないと口では言いつつ、セクハラやパワハラは横行し、ハラスメント耐性のある女性が重宝され、そんな空気のなかで「何もかも許容できる自分」にある種のプライドを感じていた女性たちもいたように思います。

作家の雨宮処凛(あやみや・かりん)さんは当時の雰囲気を振り返り、「私はクソサブカル女だった」と表現しています(ウェブコラム『雨宮処凛が行く!』第447回)。

そういった搾取構造の上流では、一部の著名人が、自分が好き勝手に言い切れる媒体でディベートの責任を負うことなく権力や権威、公序良俗を批判していました。聞きかじったことを寄せ集めて自分の世界観をスタイリングし、強い主張を憑依(ひょうい)させることはあっても、そこにコミットメントはない。

すべては知性と感性の「お遊び」という態度そのものがアイデンティティ。今思えば、私の違和感の根幹もそこから来ていたのかもしれません。

しかし社会の変容のためか、それとも個々人の加齢や境遇のためか、2000年代後半頃から社会に対して"マジ"になるサブカル出身者が増え、その流れは「3.11」で決定的になりました。しかも搾取の上流にいた人ほど、議論を経ずに善と悪の二元論に埋没した印象です。

東京電力、原発、米軍、安倍政権......毛嫌いしていたはずのオールド左翼的な物言いで、絶対的な被害者として「正義に目覚めた」。そこには世界中にポピュリズムを浸透させたソーシャルメディアの影響もあったでしょう。

強い立場から好き放題にやった経験がありつつ、年を重ねて正義を叫ぶようになった。そんな人が、清算すべき過去を突きつけられたら――因果応報といってしまうのは単純すぎますが、少なくとも社会問題を問う前に、自らの「現実」と向き合うべきであることは明らかでしょう。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演でも話題に!

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