「初期費用はペイできて経済的メリットもある」は本当? 東京都「太陽光パネル設置義務化」の落とし穴

設置を義務づけられるのは「年間の供給延べ床面積が都内で2万㎡以上のハウスメーカーなどの事業者」。写真/ピクスタ
設置を義務づけられるのは「年間の供給延べ床面積が都内で2万㎡以上のハウスメーカーなどの事業者」。写真/ピクスタ

「屋根が発電するのが当たり前という機運を醸成したい」。東京都の小池知事がぶち上げた、一戸建ても含む新築の建物に太陽光パネルの設置を義務づける全国初の取り組みに賛否が渦巻いている。この政策で何が変わるのか? 都は、売電収入による購入者への「経済的メリット」をアピールするが、試算の基となる数字は本当に信用できるものなのか? 電力問題に詳しい専門家に徹底解説してもらった!

■住宅購入者ではなくメーカーに義務づけ

東京都が表明している「2030年までに温室効果ガス排出量を50%削減(2000年比)」の実現に向け、一戸建て住宅を含む新築建築物への太陽光パネルの設置を義務づけるという、大胆な政策を打ち出した小池百合子都知事。

会見では「住宅に屋根がついているのが当たり前のように、屋根が発電するのが当たり前という機運を醸成したい」と語り、今年12月に都議会に条例の改正案を提出し、成立後は2年間の準備・周知期間を経て施行するという。

地方自治体が、一戸建て住宅も含めた太陽光パネルの設置義務化に踏み切るのは、全国初の取り組みだ。

仮に義務化されれば、住宅価格が上がることが予想されるため、すでに高根の花となりつつある「マイホームの夢」がさらに遠のくのでは? と心配な人もいるだろう。

東京都が検討を進める「太陽光パネル設置義務化」とは、どのような制度なのか?

まず押さえておきたいのが、設置を義務づけられるのは「年間の供給延べ床面積が都内で2万㎡以上のハウスメーカーなどの事業者」。つまり、住宅の施主や購入者ではなく建物を建設する「大手住宅メーカー」という点だ。

都の資料によると今回制度が導入されるのは、延べ床面積2000㎡未満の新築建物となっていて、対象となる住宅メーカーは約50社の見込み。都内の年間新築戸数の約半数を想定しているという。従って、対象でないメーカーが家を建てる場合には設置は義務にならない。

また、義務化の対象となる住宅メーカーに関しても、極端に日照が悪い場合や、屋根の面積が小さくて設置が難しい建物に関しては除外できることになっている。

その上で、対象となる各メーカーはそれぞれが供給する住宅棟数などに応じて、都が算定した「再エネ設置基準(≒太陽光パネルの総発電容量)」をクリアしなければならないという仕組みだ。

大量の電力を消費する東京では、CO2排出量の約7割が「建物でのエネルギー使用」に起因するといわれているが、都内ではメガソーラーのような大規模な発電施設を造ることは難しく、再生可能エネルギーの利用を広げる上での大きな課題となってきた。

そこで都は住宅の「屋根」の利用に着目。2050年までに都内の建物の約半数、住宅の約7割が新築に置き換わると見込まれる中、新築時に設置を義務づけることで、脱炭素社会の実現を目指そうというのだ。

都内ではメガソーラーのような大規模な発電施設を造ることは難しい。そこで東京都が着目したのが住宅の「屋根」だ。写真/ピクスタ
都内ではメガソーラーのような大規模な発電施設を造ることは難しい。そこで東京都が着目したのが住宅の「屋根」だ。写真/ピクスタ■試算の前提となる売電単価は高い?

都が打ち出した今回の設置義務化は、脱炭素社会の実現に向けた英断なのか? それとも小池都知事お得意のパフォーマンスなのか?

「日本が2030年度に温室効果ガス排出量の46%削減(13年度比)を宣言した以上、その実現は国や自治体が避けて通れない課題ですから、そのためにはやれることは全部やるしかないというのが現実です。諸外国でも太陽光パネル設置義務化の流れがある中で、都が示したプランは設置義務を事業者側に課し、購入者に選択の余地を残すなど、比較的バランスの取れたものだと思います」

と語るのは、電力やエネルギーの問題に詳しいエネルギー経済社会研究所代表の松尾豪(まつお・ごう)氏だ。

松尾氏はその上で、太陽光パネルの設置を義務づけられた住宅の販売価格、発電設備の維持管理を含めたランニングコストの面で、「購入する人の実質的な負担が増えることはある程度、覚悟する必要がある」と指摘する。

「都の資料によると、例えば太陽光パネルを設置した場合、初期費用の98万円が売電収入によって10年(現行の補助金を活用すれば6年)程度で回収可能で、一般的な太陽光パネルの耐用年数とされる30年間の支出と収入を比較すると、最大159万円の経済的メリット(利益)が期待できるとしています。

しかし、太陽光パネルの電気を家庭で利用するために必要なパワーコンディショナーという装置の耐用年数は基本10年なのですが、都の試算では30年で1回の交換になっているのが気になります」

また、松尾氏がそれ以上に疑問を感じたのが、売電収入の前提となるkWh当たりの売電単価だという。

「再生可能エネルギーで発電した電気には固定価格買い取り制度があり、電力会社が一定期間(10kW未満は10年間)買い取ることが定められています。この制度がスタートした2012年度当初は、買い取り価格が42円/kWhでした。

しかし、再生可能エネルギーの拡大に伴って年々下がり続けていて、22年度は17円/kWhとなっています。都の試算では太陽光パネル設置から10年目までの売電単価を17円/kWhと計算していますが、23年度にはその固定価格が16円/kWhとなることが決まっていて、設置義務化がスタートする25年度にはさらに下がっている可能性があります」(松尾氏)

また、固定価格買い取り制度が終わった後も、価格はガクンと下がるものの電力会社による余剰電力の買い取り制度はある。例えば、東京電力ホールディングス傘下の東京電力エナジーパートナーは8.5円/kWhとしていて、都の資料にも固定価格買い取り制度終了後の11年目から30年目までの売電単価は、8.5円/kWhで試算されている。

しかし、この数字にも前出の松尾氏は疑問を投げかける。例えば、太陽光発電が広く普及している九州では電力需要が大きい真夏や真冬を除けば、日中の電力の市場価格は大きく下落している。そのため、九州電力の固定価格買い取り制度後の買い取り価格は、現在7円/kWhだが、今後は下がることが予想されるという。

「もちろん、電力需要の大きい首都圏と単純比較はできませんが、都の思惑どおり太陽光の割合が順調に増えていけば、それに伴って昼間の電力価格が下がる可能性はある。

それを考えると都が試算の前提にしている11年目以降の8.5円/kWhという数字は本当なのか、という疑問は当然出てきます」(松尾氏)

なるほど。もし、前提となる数字が現実的なものでないなら、それを基にシミュレーションした太陽光パネル設置による売電収入や経済的メリットも変わってくるはずだし、住宅を購入した人たちの実質的な負担が増す可能性は十分にあるだろう。

ただ一方で、導入のメリットがなくなるわけではない。今後も燃料価格の高騰が続けば火力発電のコストは上がり、それに伴って電気代が高騰する可能性が高い。

その場合、昼間は太陽光発電の電力を自家消費で賄い、それで浮いた分を夜間の高い電気代に回せるという利点は期待できるかもしれない。

今年4月、東北電力や四国電力は出力制御を実施。太陽光発電の供給が増えすぎたことで大規模停電になるのを防ぐためだ。写真/時事通信社
今年4月、東北電力や四国電力は出力制御を実施。太陽光発電の供給が増えすぎたことで大規模停電になるのを防ぐためだ。写真/時事通信社■太陽光普及で崩れる電力の需給バランス

こうした住宅購入者の視点とは別に、電力の需給バランス全体の面でも懸念がある。

太陽光パネル設置が義務づけられれば、将来、昼間の電力に占める太陽光の比率は増えていくことになる。そこで生じる余った電力は揚水発電などで一部活用されるものの、大規模な蓄電施設などを設置しない限りためておくことはできず、夜間の需要は火力や原子力といった、ほかの電力で補う必要がある。

太陽光が普及するほど、この「昼夜のバランス」は大きく崩れるため、安定した電力供給をどう実現するかは大きな課題なのだ。

電力の安定供給には需要と供給のバランスが重要で、需要が超過(電力が不足)しても、逆に供給が超過(電力が余剰)してもよくない。例えば、再エネの買い取り分の電気が送電容量を大きく上回るようなことになれば、最悪の場合、大規模停電を引き起こす可能性もある。

そのため、太陽光発電が普及している九州電力管内などでは、季節によって太陽光の供給が過剰となり、電力の買い取りを一時的に止める出力制御を行なうケースも起きている。

「電気の最大の問題は『ためられない』という点です。

以前はコスト面で採算を取るのが難しいといわれた大規模蓄電設備への投資も、ウクライナ戦争後の世界的な燃料価格の高騰を背景に、再び注目されています。

もうひとつの方法は、太陽光など変動幅が大きい再生可能エネルギーの供給に需要を合わせるやり方で、この先、太陽光発電が増え続けても昼間の電力供給が過剰にならないように、バランスを取るための施策が必要になります。

いずれにせよ、太陽光を増やすだけではダメで、住宅の断熱性を高めるなどの対策も強化しなければ温室効果ガスの削減にはつながりません。太陽光を増やしながら、電力の安定供給を実現するためには、幅広い分野での取り組みが不可欠です」(松尾氏)

設置義務化はあくまでスタートライン。小池都知事の"パフォーマンス"に終わらず、本当に実のある政策になることを、祈らずにはいられない。

取材・文/川喜田 研

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