彼女たちはなぜ第三者の精子で子供を産んだのか――無精子症の夫婦、選択的シングルマザー...それぞれの事情

彼女たちはなぜ第三者の精子で子供を産んだのか――無精子症の夫婦、選択的シングルマザー...それぞれの事情

ドナーから提供された精子を、女性はシリンジを使って自ら膣内に注入するという。医療機関を介さないため、感染症のリスクが懸念される

精子バンクの公的整備が遅れる日本で、医療機関を介さない個人ボランティアによる精子提供が急増している。精子ドナーたちを取材した前編に続き、後編では提供された精子で実際に子供を授かった女性たちが、その葛藤や苦悩を告白する――。

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■男性にトラウマを持つ選択的シングルマザー

ネット上で「精子提供ボランティア」と称し、夫が無精子症の夫婦やシングルマザー志向の女性らに私的に精子を提供している人たちがいる。前編記事「私が精子ドナーになった理由」では3人の精子ドナーを取材。彼らはいずれも「子供が欲しいという、ごく自然な願いを叶えられずに苦しんでいる女性たちを放ってはおけない」と、真っすぐな善意を口にした。

精子提供の方法はふたつある。ひとつは「シリンジ法」で、採取した精液を手渡し、女性が自らシリンジ(注射器)で膣内に注入するというもの。もうひとつは「タイミング法」で、実際に性交渉をして精子を提供するものだ。

3人はいずれも既婚者で、そのうちふたりはタイミング法も採用。その活動は家族には「秘め事」とし、「墓場まで持っていく」という。

また、精子提供により生まれた子供が将来的に自分に会いたいと望めば「会うつもり」というが、被提供者の女性には自分のフリーメールのアドレスしか知らせていない。

彼らの話を聞くたびに、筆者の胸には納得し難いモヤモヤが募っていった。ならば、女性側の話も聞かねばなるまい。

最初に取材に応じてくれたのは香織さん(30代、仮名)。すでにふたりの子供を持ち、現在3人目を妊娠している。親から継いだ保育園を営むシングルマザーで、3人の子はいずれも、第三者から精子提供を受けて授かった子だ。彼女には、そうせざるをえない事情があった。
 
15歳のときに、同じ高校の男子生徒に監禁され、暴行を受けたことがトラウマになり、「男性と付き合うことが怖くなった」のだという。20代は「男性との恋愛も体の関係も一切ない」10年間を過ごしたが、30歳を目前にして心境に変化が起きた。

「毎日、保育園に迎えに来る母親に園児が駆け寄っていく姿を見て、子供が欲しいと思うようになったんです」

だが、男性と関係を持つ気にはなれなかった。そんなときに知ったのが、ネット上の精子提供ボランティアだった。サイトの多くは「提供方法はシリンジが基本」としていたが、ドナーとコンタクトを取り、面談してみると話が違うことも多かった。

「唐突に『シリンジは2回まで。それ以降はタイミング法で』とか、『ホテル代は自己負担ね』とか、あなたたち、ただやりたいだけでしょ?と思っちゃう人が多かったです」

最終的には、国立大卒の40代の技術系専門職員Aさんからの精子提供に的を絞った。

「面談時にタイミング法の話には一切触れず、性感染症検査証を持参して精子に異常がないことを示してくれた点にも安心感が持てました」

以来、排卵時期にデパートの喫茶店などで会い、館内のトイレで採取した精子をAさんからもらって、体内に注入するという妊活が始まった。

■「やましさはない」といえば嘘になる

現在44歳のAさんも、香織さんの仲介で取材に応じてくれた。体形は太めで身長は低く、毛髪は薄い......失礼ながら「非モテ」の部類に入る男性だった。

彼は結婚後、夫婦間で子供ができず、3年の不妊治療の末に「ふたりだけで生きていく」と決断。だが、日に日に「子孫を残すのは生き物の"究極の目標"。そこは自分の人生で落としたくない」との思いが膨らんでいった。

そんなときにネットで精子提供ボランティアの存在を知り、「家族には内緒」で活動を開始。その後、幸いにも妻との間に子供ができたが、「継続的に精子を提供していた女性を突然見捨てるわけにもいかず」、活動を続けて8年がたった。現在は家族以外に13人の子供を持つ。たくさんの遺伝子を残すことにはこんな喜びを感じるという。

「女性からメールで出産報告を受けると、日本地図に印をつけていくんです。ここにひとり、ここにもひとり......と地図を眺めるのが楽しくて」

彼はタイミング法も採り入れ、過去には無精子症の夫を持つ女性とも性交渉に及んだ。自身の活動に、やましさは感じていないのだろうか。

「待ち合わせ場所に現れた女性が美人だったら、ついうれしくなってしまう自分がいる......『やましさはない』といえば嘘になります」

香織さんは、そんなAさんの精子で1年間、シリンジ法を試したが妊娠には至らなかった。30歳になり、焦りを感じ始めた頃、意を決して「次回はタイミング法で」とAさんに申し出た。

「仕事もあるのに、私の身勝手な要望にもいやな顔ひとつせずに応えてくれました。10年のブランクがあったセックスには不安もありましたが、『Aさんなら......』という気持ちになれたんです」

その結果、提供を受けた2週間後に妊娠が発覚。翌年に出産した子が長女である。

「生まれた瞬間は『あ、やばい!』と思いました。Aさんに顔がそっくりで(笑)。でも、無事に生まれてきてくれたことが何よりうれしかった」

その後、香織さんはほかのドナーの精子でふたり目を出産。そして今、おなかにいるのはAさんから再度、精子提供を受けて授かった子だ。

「ふたり目の子の父親は今、何をやっているのかもわかりません。でも、Aさんはひとり目を産んだ後、定期的に会いに来てくれました。そのたびに新しい玩具を買ってきてくれたり、時には家に泊まって子供のそばで寝てくれたり。その優しさに触れるうち、彼の子供をもうひとり産みたいと思ったんです」

Aさんはすでに自分が父親であることを子供に告知しており、今後も、「都合のつく限りは会いに行き、父親として接し続けるつもり」だという。

だが、「自分の家庭を壊すリスクになる」からと、香織さんを含めた被提供者の女性やその子供には身元を隠し続けている。やはり、明かしているのはフリーメールのアドレスひとつだけだ。

Aさんがこう話す。

「自分の父親の名前も知らないような境遇の子供をたくさんつくっていることには申し訳ない気持ちもあります。でも、この活動がなければ、香織さんたちの子供も、彼女たちが感じている幸せもなかった。だから、そこはちょっと勘弁してくださいと......」

■夫には"実感のない"妊娠だったはず......

美咲さん(30代、仮名)は3年前、夫婦で不妊治療に通っていた病院の医師から重たい告知を受けた。

「旦那さんの精液に、精子が見つかりません」

日本人男性の100人に1人が罹患(りかん)しているといわれる、無精子症だった。

ただ、現代の医療では睾丸(こうがん)を切開し、精巣内に精子がひとつでも見つかれば、顕微授精と呼ばれる手法で妊娠に導くことが可能になっている。

治療に向け、美咲さん夫妻は無精子症の原因を調べることから始めたのだが......。

「MRI検査をし、遺伝子検査で染色体の数を調べても、何も異常は見つからず......。結局、すべての検査を終えて判明したのは、主人の無精子症は、原因不明の難病によるものということでした」

それでも、睾丸を開ければ精子が見つかる可能性が残されていたが、美咲さんはその選択を取らなかった。

「検査結果が出るたびに、私たちは受け入れ難い現実を突きつけられてきました。主人は口には出しませんでしたが、『自分は男じゃないんじゃないか』という屈辱感に苛(さいな)まれていることが、ひしひしと伝わってきました。もし睾丸を開いてもダメだったら......これ以上、夫を追いつめることはできませんでした」

もうひとつの選択肢として、配偶者以外の男性から精子を提供してもらい、人工授精によって妊娠へと導くAIDという医療行為があることも担当医から聞かされていた。

だが、日本にはAIDを行なう病院が少なく、国内最多の治療件数を誇る慶應義塾大学病院でさえ、"精子ドナー不足"で治療まで1年待ちの状況にあると知った。

「年齢を考えれば、私たちに治療を待つ時間なんてありませんでした」

養子縁組も検討したが、そこでも厳しい現実が......。

「養子を取るには、子供の生みの親に対して出産費用と当面の生活費を支払う必要があると言われ、それも含めて、子供が成人するまでの養育費を払えるだけの収入があるかどうかを厳しく審査されます。私たちには、金銭面のハードルが想像以上に高かった」

彼女は希望を絶たれ、精神的に追いつめられていった。口べたな夫は積極的に解決策を提案することはなく、そのことにもいら立ちを募らせた。

「夫婦の問題なのに、なんで私ばかりがこんな目に?と、夫の気持ちを考える余裕がなくなっていました。夜は眠れず、急に過食したり。もう自暴自棄になっていましたね」

離婚も頭によぎった。

「夫じゃなかったら子供が持てるのに......という考えに至ってしまい、『養子をもらうか、精子をもらうか、このふたつから選べないなら離婚する!』と、本心ではないことを言ってしまったこともあったと思います。それほど当時の私は自分を見失っていた」

目に涙を浮かべる美咲さんを見て、願っても子供を授かれない女性たちの苦しみに初めて触れた気がした。

美咲さん夫妻を救ったのは、精子提供ボランティアの活動を行なうBさん(24歳)だった。美咲さんはネットで彼の存在を知り、「もうこれしかない」とシリンジ法で精子提供を受けることを決断。

「最初は、自分はすごくいけないことをしているんじゃないかとか、夫以外の男性の精液が体に入ってくることに抵抗を感じていましたが、次第に慣れていきました」

だが、何度試しても妊娠には至らなかった。そこで、Bさんの精子を「夫の精子」と偽って病院に持ち込み、人工授精を受けることに。

Bさんの精子の運動率は、成人男性の平均値を大きく上回る80%。担当医には「こんなに優良なのに、自然妊娠できないのはおかしいね」といぶかしがられたが、美咲さんは「夫が最後までイケなくて」などと嘘をついた。「もうBさんの精子で子供を産むことしか見えていなかったから」、罪悪感は消えていたという。

人工授精は4度試したが妊娠には至らず、体外受精に切り替えた。保険外診療で、費用は一回50万円程度。「これでダメなら諦める」と最後の望みをかけて臨んだ結果、ついに妊娠した。

希望が見えない闇の中を3年間、走り続けてきた美咲さんはそのとき、「ただただホッとした」という。

ではその間、夫はどんな気持ちでいたのだろうか? 美咲さんはこう感じていた。

「夫の性格上、自分の責任も感じていただろうし、私が『やる』と決めたことには『そうするしかない』と、自分に言い聞かせていたと思います。夫にとっては"実感のない"妊娠だったはず......。でも、報告したときには『大事にしなきゃね』と言って喜んでくれたことがうれしかった」

美咲さんは近々生まれてくる子供に、「なるべく早いうちから『パパとの血のつながりはないけど、私たちふたりが望んで生まれてきたんだよ』と告知するつもり」でいる。だが、Bさんの存在を明かし、会わせることまでは「考えていない」ようだ。

そして、彼女は今も自分の両親に、第三者から精子をもらって妊娠したという事実を明かせないままでいる。

■無精子症の夫をケアする場所が必要

長野県に「諏訪マタニティークリニック」という産科婦人科小児科病院がある。

98年に日本初となる、精子提供による体外受精を実施したことでも知られる病院だ。同院の院長である根津八紘(ねつ・やひろ)氏は、精子提供ボランティアに対しては否定的だ。

「生の精子をそのまま提供する行為は性感染リスクなどが非常に高く、何より、性行為を伴った形での精子提供なんてとんでもないです」 

同院では独自のガイドラインを定め、必ず依頼者である夫婦と"信頼関係のある人"から精子提供を受ける。その多くは、夫の父や兄弟だ。

「実父や兄弟からの精子提供を望む方は、奥さんだけでなく、ご主人も自分と同じ因子を持った子供を授かれることに安心感を持たれます。また、ドナーの奥さんを含め、関わる家族全員に同意を得て十分にカウンセリングを行なってから治療に入るので後ろ暗さもない。だからこそ夫婦は自尊心を持って、子供を育てることができます。匿名の第三者からの精子提供を受けて治療を行なう際にも、夫婦のカウンセリングや、子供のためにドナーの情報をきちんと保管しておく必要があるでしょう」

一方、美咲さんの夫のような男性不妊の人へのケアが必要だと語る。

「日本の生殖医療で問題なのは、無精子症とわかった夫の心の傷をケアする場所が少ないこと。妻のケアも同時に必要ですが、無精子症が告げられた際、夫婦が医療機関でそのようなサポートを受けることはほぼありません。

医療機関を介さず個人で行なう場合も含め、精子提供を受ける行為は、どこか奥さん優位の状態で事が進みがちです。ご主人はショック状態のまま、無精子症であることに責任を感じ、『妻に従うしかない』と考えるからです。しかし、生まれてくる子供が幸せになるためにも、まず夫婦が対等な関係にあり、肯定的にこの治療を受け入れていることが大切です。

そして、当事者が治療を肯定的にとらえるためにも、生まれてくる子のためにも、国がきちんと法律や制度を整えることがとても重要なのです」

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ここまで精子ドナーの男性たち、それで子供を授かった女性たち、精子提供に対する専門家の知見を聞いてきた。子供が欲しくても叶わない人たちの苦しみ、まずはそれを知ることが、家族のあり方が多様化する今、大切なはずだ。

取材・文/興山英雄

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