虐待父親たちの告白――なぜ私は愛するわが子に手を上げたのか

虐待父親たちの告白――なぜ私は愛するわが子に手を上げたのか

「加害者の更生なしには虐待の問題の解決はない」と語るNPO法人「女性・人権支援センター ステップ」の栗原加代美理事長

児童相談所が対応した児童虐待相談件数は年々増加し、2017年度には13万件を超えた。加害者は実母・実父が約9割を占め、特に実父は上昇傾向にあるという。本誌は「加害者更生プログラム」を受ける父親たちを取材。彼らは言う。「自分はいい父親だと思っていた」と――。

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■「性的虐待」と言われてショックを受けた

児童相談所が相談対応した児童虐待の件数は年々増加し、2017年度には13万3778件に上った。今年1月、千葉県野田市で栗原心愛(みあ)ちゃん(10歳)が父親からの虐待の末、命を落とした事件はあまりにも痛ましかった。

こうした状況を受け、政府は「親による体罰禁止」を含む児童福祉法と児童虐待防止法の改正を急いでいる。

しかし、「虐待の問題は、加害者が変わらなければ解決しない」と語るのは、虐待やDVの加害者に向けた更生プログラムを実施するNPO法人「女性・人権支援センター ステップ」(以下、ステップ)の栗原加代美理事長だ。

「虐待の根底にあるのは『力による支配』です。加害者は、暴力や暴言によって子供に恐怖心を植えつけ、強引にでも従わせようとする。そこに罪悪感はなく、総じて『躾(しつけ)のためだった』とも言います」

ステップの更生プログラムに通う、虐待加害者の父親たちに話を聞いた。
  
3人の子供の父親である桜田さん(仮名、40代・会社員)は現在、妻と子供たち(中学生の長男、小学生の長女、幼稚園児の次男)と別居している。

桜田さんはステップに通い始めるまで、自らの行為は躾であり、虐待だとは微塵(みじん)も思っていなかったという。

「私自身が、体罰は当たり前という環境のなかで育ってきたので......それが間違っているという認識はなかった」

別居前は、夕食は必ず家族全員で食べ、子供の部活の試合や運動会などがあれば家族総出で応援に駆けつけていた。周囲から見れば、ごく普通の家庭と映っていたことだろう。

しかし、結婚前から桜田さんは妻に対し、叩く、蹴るなどの暴力を振るい、結婚後にはその矛先は子供にも向かった。妻が子供たちを連れてDV被害者を保護するシェルターに駆け込んだこともあったが、それでも桜田さんの暴力や暴言は止まらなかった。

ある日、家で妻を怒鳴りつけていると、当時6歳の長男がこう叫んだ。

「もうお母さんをいじめないで! 叩かないでよ!」

わが子が初めて見せた行動に、桜田さんは「うるせー」と一喝、頭をひっぱたいた。

「この人は尋常じゃない」

そう悟った妻は離婚を決断。だが、翌年に東日本大震災が発生し、長男が「父さんと一緒にいたい」と妻に告げると、わずか1年で復縁した。

再婚後は妻へのDVは劇的に減った半面、子供への虐待が増えていった。桜田さんは子供に手を出すとき、「キレた状態になる」という。

例えば部屋が散らかっていると、最初は「片づけとけよ」と注意するにとどめるが、それでも散らかったままだと、「ほんの些細(ささい)なことで噴火してしまう。ためてためて、バーン!と爆発する」という。

キレた桜田さんに子供が泣いて謝ると、怒りに拍車がかかり、「なんで泣くんだ? 悪いことして叩かれた、当然だろ!」と追い打ちをかけた。

なぜ、わが子に手を出すのか? 桜田さんは即答した。

「叩けば怯(おび)える、言いなりになる。一番早い武器だから」

当時の桜田さんは本気でそう思っていた。栗原理事長が言う「力による支配」だ。

恐怖のあまり、妻子は異常な精神状態に陥っていった。

「当時、仕事を終えた私が『帰る』と電話すると、妻と子供は動悸(どうき)が激しくなり、家の中に緊張が走ったそうです」

そして、昨夏の花火大会の日に"限界"が訪れた。

「ドン!と鳴り響く花火の音に、娘がずっと耳をふさいで、怯えていたそうです」

父親の怒鳴り声に恐怖を感じていた長女は、「音に敏感になっていた」のだ。

偶然にも、その様子をそばで見ていた妻の知人が異変を察知し、役所へ相談に行くことを進言。後日、妻が児童相談所に行くと即刻、長女を一時保護する決定が下された。

この事態を児相からの電話で知った桜田さんはそのとき、「なんで?」と思ったという。「悪いことをしているという認識は一切なかった」からだ。

ただ、児相や警察の聴取で長女に対する「性的虐待」が指摘されると衝撃を受けた。

「家の中でキャッキャと逃げ回る娘を捕まえ一緒に風呂に入ることは、自分の中ではスキンシップのつもりでした」

児相の判断で長女とは「成人するまで会えない」と決まり、妻子は家を出ていった。

それでも妻は「いつか夫は変わってくれるはず」と、夫が更生する道を探った。そしてステップの存在を知り、そこへ通うよう勧めたが......。

「自分は娘を奪われた"被害者"。その俺がなんでそんな施設に行かなきゃいけないの?と、最初は拒絶しました」

妻はこう告げた。

「これはあなたが変わる最後のチャンス。この施設はあなたにとっての最後の場所よ」

この言葉を重く受け止めた桜田さんは、渋々ながらステップのドアを叩いた。

ステップは週1回、2時間の更生プログラムを実施している。最初の1時間は怒りの感情を抑える手法などを学び、残りの1時間は参加者同士で自身の体験などを語り合う。同じ悩みを抱える人たちが各々の経験を共有することは大きな効果があるという。

だが、桜田さんは「虐待者と俺を一緒にするな」とあらがい、ほかの参加者たちの話も「人ごとだった」という。

プログラムの内容は毎回、妻に電話で伝えていたが、そのときも「おまえらが行動を正せば、俺は怒らずに済むんだけど」などと悪態をついた。

当時の桜田さんについて、栗原理事長はこう話す。

「イライラが棘(とげ)のように出て、誰もそばに近づけない感じでした。しかし、5回目を迎える頃には別人のように表情が穏やかになっていました」

桜田さんを変えたのは「プラス思考」という概念。子供が自分の意にそぐわない行動をしても、「相手は最善の選択をしている」ととらえることで、「まぁいいか」と許せるようになる、というものだ。

「その考え方は自分にはなかった。衝撃を受けましたね」

ステップでは、加害者同士のロールプレイなどを通じて、相手の行動を許容できるようになるまで最長1年間、計52回のプログラムを施す。桜田さんは現在20回ほど受講を重ね、怒りをコントロールできるようになってきた。

「一番変わったのは、『自分は虐待者』と認識できるようになったこと。被害者から加害者へ意識が180度変わったら、子供たちに対する罪悪感が初めて湧いてきました」

そして今、虐待していた日々を振り返ると、「一歩間違えれば、自分も容疑者になっていた」と思うことがある。

「ある日、息子と一緒に自転車で家に帰っていたとき、『早く来い!』と怒鳴ったんです。怯えた息子は必死にペダルを踏み、急坂をノーブレーキで降りてくる。前方に飛び出してくる車が見えて、『危ない!』と思った瞬間、息子はマンホールにタイヤを滑らせ、転びました。もし、転ばずに突っ込んでいたら......」

直接的な虐待行為でなくとも、間接的に、思わぬところで被害者を死に追いやることもある、ということだろう。

「だから、花火大会で娘の異変に気づき、私の暴走を止めるきっかけをつくってくれた妻の知人の方には感謝の気持ちしかありません。そして、家族は私の更生を待ってくれている。もう裏切れません」

特に、成人するまで会うことができない長女に対しては「本当に謝りたい」と、目頭を押さえた。

■小学生の息子が「もうムリだよ......」

妻と小学6年生の息子がいる青木さん(仮名、40代)は、昨年4月からステップに通っている。父親の家業を継ぎ製造業を営む彼は、スリーピースのスーツをパリッと着こなし、頭脳明晰(めいせき)なビジネスマンといった印象だ。

虐待のきっかけは、中学受験を志した息子に対するスパルタ教育だった。息子が児相に保護されたことは一度もないが、青木さんは「自分は虐待者だった」と振り返る。

今でも、その"一線"を越えてしまった日のことをハッキリと覚えている。

それまでは息子の勉強には口出しせず、怒鳴ったこともほとんどない、優しい父親だった。だが、小学4年になった息子が進学塾に通いだし、一番上のクラスに入れなかったことに不満を抱き始める。

ある日、家で勉強をしていた息子が「こんな問題わかんない」と母親に悪態をついた。その直後、こう怒鳴っていた。

「おまえ、この程度の成績で何言ってんだっ!!」

その後1年3ヵ月続く虐待の始まりだった。

青木さんは18時〜23時まで毎日5時間の勉強を息子に強いるようになり、自身も仕事を早めに切り上げ、講師役として「鬼になった」。

「自分がかつて解けた問題を息子が解けないことが一番許せませんでした」

そんなときには怒鳴る、ひっぱたく、机を蹴り上げる、長時間の説教をする。

青木さん自身、母親によるスパルタ教育に晒(さら)されていたという。中学受験では開成、麻布、武蔵の"御三家"に合格することを強いられ、模擬試験の点数が悪いとわめき散らすように怒られ、勉強を怠けるとひっぱたかれた。

御三家の受験には失敗したが、それに次ぐ進学校に合格。しかし、母親はこんな言葉を青木さんに浴びせた。

「人生、滑り止まった」

母親が彼に求めたのは"競争社会で勝ち抜く人間"になること。青木さんはそのとおりの人生を歩み、息子を自分と"同一視"した。

「でも、息子には御三家より"ちょい下"でいいよと言っていた。当時はそういう俺って、母と違って優しい父親だとさえ思っていたんです」

だが一日5時間、つきっきりで勉強を教えても、息子の成績は思うように伸びなかった。青木さんは焦り、暴言をエスカレートさせていく。

「なんでこんな問題が解けないんだ!」「落ちこぼれ!」

人格をも否定する父親の言葉は、息子の心を切り刻んだ。

妻は異変を感じ取っていた。息子はもともと明るく活発な子だったが、日ごとに気力が減退し、絶対に休むことがなかったスポーツの習い事にも行かなくなったからだ。

だが、妻は中学受験の経験がなく、夫から「受験とはそういうもの」と言われれば従うしかなかった。青木さんはこんな言葉で妻を責めた。

「息子の成績が悪いのはおまえのせいだ。なんで小さいときからもっと本に触れさせなかったんだ!」

妻は返す言葉を失い、うな垂れた。大好きな母が消沈する姿を見て、息子はますますふさぎ込んでいったという。

そして一昨年の秋のある朝、"限界"が訪れる。

「息子が玄関で『もう学校に行けない』と言いだしたんです。私は『行きなさい』と強い口調で返しました。すると息子は、こちらがギョッとするような暗い表情で首を左右に振ったんです。そして、絞り出すような声で、『もうムリだよ......』と」

その日以来、息子は不登校児になった。

変わり果てたわが子の姿に、青木さん自身も「仕事が手につかないほど情緒不安定な状態に陥った」という。

その後、妻はステップの存在を知り、通ってほしいと夫に願い出る。息子のためならと、青木さんは承諾した。

だが、最初はほかの参加者を冷めた目で見ていた。「自分がしたことは息子への指導。虐待じゃない」という思いを拭い去れないでいたためだ。

栗原理事長から「プラス思考」の大切さを説かれても、「そんなの甘い。人は叩けば叩くほど強くなるものだ」と受けつけなかった。

だが、妻子も参加する栗原理事長との個別面談で、ふたりが吐露する心情は驚きの連続だった。

「妻には息子を傷つけた張本人である私に『許せない気持ちがある』『あなたは弱い人の気持ちがわからない、共感してもらえないのが一番寂しい』と言われ、息子には『一時期、パパなんて必要ない。"心の縁を切りたい"と思っていた』と言われた。これにはそこまで追いつめていたのかと思い、こたえましたね」

そして、自身が繰り返していた「批判する」「脅す」「罰する」といった行為は、人を力で支配する行為だと知る。

「そこで初めて気がつきました。自分も力で息子を支配する虐待者だったのだと」

そして20回ほどプログラムを受けるなかでこう変わった。

「支配するのではなく、妻と息子の気持ちに傾聴する姿勢を持てるようになりました」

現在、息子は徐々に登校できるようになり、家族で話し合って受験は諦め、地元の公立校に行くことに決めた。

■「加害者は変われない」という社会の認識

栗原理事長によると、プログラム受講者の約8割は考え方を改め、家族と向き合えるようになるという。その一方で、こう警鐘を鳴らす。

「虐待は、これまでも大きな事件が起きるたびに『子供を守る』という視点だけがクローズアップされ、児相や教育委員会のあり方などが繰り返し議論されてきました。ただ、加害者に対しては何も対策が講じられていません。それは国や自治体、児相を含め、『加害者は変われない』という認識が根強いからだと感じます。加害者の更生なしに、この問題の解決はありません。行政と民間が連動した取り組みが急務になっています」

今回取材した父親たちは家族の絆(きずな)を重視し、躾や教育に熱心だったが、「力による支配」に基づいた彼らの指導は子供たちの心に深い傷を残した。だが彼らは今、考え方を改めている。

加害者は変われる――それが、虐待という問題に必要な視点のひとつなのだ。

取材・文/興山英雄

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