「取り残された男たちのテロ」という世界の大問題――橘 玲インタビュー【その4】

「取り残された男たちのテロ」という世界の大問題――橘 玲インタビュー【その4】

集団間の抗争に敗れればメスを奪われ、オスと授乳中の幼児は皆殺しにされてしまう

「ひきこもりは『恐怖』と『怒り』に圧倒されている」

「カトリックはなぜペドフィリアに侵されるのか」

「保守思想家はなぜ『溺死』しなければならなかったのか?」

「厚労省が失態を繰り返すのは『素人』だから」

......など、タブーすれすれの「事実(ファクト)」が満載の新著『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由がある』(集英社)を上梓した作家の橘 玲(たちばな・あきら)氏。ベストセラー『言ってはいけない』『もっと言ってはいけない』(共に新潮新書)でも話題となったエビデンスベースの"不都合な事実"をもとに、複雑で残酷な現代社会の問題に切り込んでいる。

第3回「『リベラルな社会』は究極の自己責任社会」に続く刊行記念インタビュー、第4回(最終回)のテーマは、今や世界的な問題となっている「現代社会に取り残された男たち」だ。

* * *

――『事実vs本能』では、「イスラーム原理主義より深刻な問題」として、近年世界じゅうで繰り返されるテロ事件の犯人のほとんどが「若い男性」であることを指摘しています。

一般的には、多くのテロ事件はIS(イスラム国)などのイスラーム過激派に共鳴した人によるものか、それに反発した排外主義者、白人至上主義者らによるものであり、あくまでも宗教的・思想的背景があると見られていると思いますが。

 もちろんそうした背景はあるでしょうが、その根本には「知識社会から脱落した若い男」による犯行だという共通項があり、それが国や文化によってさまざまな表れ方をしているのだと思います。

ただし「若い」といっても、先日の京都アニメーション放火事件の犯人は40代、5月に神奈川県川崎市で起きたスクールバスを待つ児童らへの殺傷事件の犯人は50代ですから、日本では高齢化にともなって年齢が上がってきているのが気がかりではありますが。

大前提として、もともとあらゆる国で凶悪犯罪に占める「若い男」の割合は、女性や子供、高齢者と比べると際立って高く、国連の報告書では加害者の95%、被害者の79%が男です。

男の攻撃性・暴力性は、睾丸から分泌される性ホルモンの一種であるテストステロンが関係しているとされます。テストステロンは筋肉や骨格を発達させるとともに、脳の配線を組み替えて性愛への関心を高め、思春期になった男を、女の獲得をめぐる厳しい闘いに駆り立てる。

女性も副腎からテストステロンがつくられますが、男のレベルは最大で女の100倍にも達し、これが男女の暴力性のちがいに反映しているとされます。私たちはみな何百万年、何千万年と続いた性淘汰を勝ち抜いた哺乳類のオスの子孫で、男は思春期から20代にかけて攻撃的・暴力的になるようプログラムされているのです。

『事実vs本能』の冒頭でPIAAC(国際成人力調査、インタビュー第1回参照)をくわしく紹介・分析し、急速に高度化する現代の知識社会から脱落しつつあるひとたちが世界中に大勢いるという"不都合な事実(ファクト)"を指摘しましたが、その傾向はとりわけ男性に顕著です。

これはすでにアメリカで大問題になっていて、小学校から大学まですべての学年において男子の点数は女子を下回っており、2011年には男子生徒のSAT(大学進学適性試験)の点数が過去40年間で最低になりました。女子生徒が生徒会や優等生協会、部活動などに積極的に参加する一方、多くの男子生徒は留年や停学などでドロップアウトしていく。

男女の知能の平均には差がありませんが、男のほうが知能のばらつきが大きく、学力がきわめて高かったり、きわめて低かったりするのは男が多くなります。また男のほうが競争圧力が強いので、学校での学力競争から脱落して無気力になったり、「不良」など学力以外の競争に向かったりするからでしょう。OECD(経済協力開発機構)によれば、これはアメリカだけでなく世界的な傾向とのことです。

――「ドロップアウトした若い男」が激増していることが頻発する無差別殺人などテロ事件の背景にあり、その根本的な理由が「知識社会の高度化」だとすれば、何か解決方法はあるのでしょうか。

 さまざまな"対症療法"はあるでしょうが、本質的な解決策は誰も知らないのではないでしょうか。多くのテロ事件には、犯人が「若い男」であることのほかにもうひとつ共通点があり、それは犯人が自分のしたことをまったく反省していないことです。

神奈川県相模原市で2016年に起きた障害者施設殺傷事件の被告も、報道によれば今も自身の凶行を悪いことだと考えている様子はありません。これは、犯人たちが「正義」を体現していると確信しているからです。

進化の過程でプログラムされた男の暴力性は、女の獲得競争だけでなく集団同士の抗争でも強く発揮され、こちらのほうが激烈・残虐になります。これはチンパンジーなども同じですが、集団間の抗争に敗れればメスを奪われ、オスと授乳中の幼児は皆殺しにされてしまう。自然の掟は、「生き延びるためには殺すしかない」です。

テロを実行した男たちの声明や供述を見てもわかるとおり、彼らはたとえ単独犯であっても、妄想の中では「白人」「イスラーム」「日本人」などの共同体を代表していて、仲間たちを救うために犯行に及んだと信じている。彼らの自己評価は、自らの歪んだ「正義」を実現した「救世主」なのです。

――こうした「若い男性」の問題に加え、いま日本では、就職氷河期という受難によってひきこもり化してしまった40代、50代が多いという問題も指摘されています。

『事実vs本能』では、5月に川崎市で児童らが51歳の男に殺傷された事件や、その直後に東京都練馬区で、高齢の父親が凶行を示唆するような言動を案じて長男を刺殺した事件にも触れています。

 個別の事件の背景は捜査や裁判の進展を待つしかありませんが、ひきこもり経験を持つ上山和樹さんは著書『「ひきこもり」だった僕から』(講談社)のなかで、ひきこもりという状態を、「怒り」と「恐怖」が表裏一体となって身動きできないまま硬直してしまうことだ、と書いています。

「恐怖」というのは働いていない、すなわちお金がないことで、「怒り」とは自責の念、そんな状態に自分を追い込んだ家族への憎悪、社会から排除された恨みです。そして、上山さんによればもうひとつ重要なのは、男のひきこもりは性愛からも排除されていることだといいます。

現代社会において、社会から排除された無職の男は異性とつき合える可能性がきわめて低い。ネットスラングで「非モテ」といいますが、上山さんはこれを「決定的な挫折感情」であり、その性的な葛藤は「本当に、強烈な感情で、根深くこじれてしまっている」と表現しています。男の脳が女の性愛を獲得するよう進化し、プログラムされているとすれば、性愛から排除されることは自己を全否定されるようなとてつもない挫折感情でしょう。

もちろん、ひきこもりが社会への暴力につながるケースはきわめて稀で、特定の事件を一般化することは避けなければいけません。しかし、就職氷河期から20年が過ぎ、80歳の親が50歳の子供を養わなければならないという「8050問題」が現実のものになりつつあります。

そのあとに来るのは「9060問題」ではなく、親が亡くなった後に自宅に取り残される60代のひきこもり問題です。これが日本社会に確実にやってくる未来である以上、ひきこもりの内面から目を背けることはできないと思います。

――性愛からの排除というのは、やはり男女で差があるものでしょうか。

 社会的・文化的な影響はもちろんありますが、生物学的にいうならば、ヒトの場合、オスが競争し、メスが選択するように進化してきたことは間違いありません。そこから男女の生得的な非対称性が生じるのも当然のことです。

ひきこもりが今や"hikilkomori"として英語になったのと同じく、男の"非モテ問題"も日本にかぎらず世界じゅうの先進国で起きています。

産業革命によりこれまで人類が体験したことのない「知識社会」が成立してから、たかだか200年くらいしかたっていません。とりわけこの数十年で社会はきわめてゆたかになり、一人ひとりが共同体のくびきから解き放たれて自由と自己実現を追求するようになりました(インタビュー第3回参照)。

こうした後期近代の特徴が流動化=液状化ですが、そこでは恋愛市場も「自由化」していきます。ところが自由恋愛では、男女の性愛の非対称性によって、複数の女から選ばれる男と、誰からも選ばれない男が出てしまう。

かつては結婚相手を親が決めるなど、自由恋愛を制限して男女のカップリングを共同体が(強引に)管理してきました。しかし今では、イエや共同体が個人の恋愛に介入することはまったくできなくなりました。マッチングアプリなんて完全な自由市場ですよね。

「すべての個人の自由を最大化すべきだ」というリベラルな社会では離婚や再婚も当たり前になり、"時間差の一夫多妻"と呼ばれる状況が成立します。相手が金持ちなら不倫でもいい、という女性もいるでしょう。女性が好む相手は歴史や地域を問わず一貫して「権力をもつ男(アルファメイル)」です。

昔だったら力が強い、狩りがうまいといったことだったかもしれませんが、今は男の魅力が「お金」で数値化されていて、IT起業家が人気女優と恋愛する一方で、低所得の男性は"非モテ"化してしまうという構図だと思います。

――これもまた、原理的に解決がきわめて難しい問題ですね......。

 アメリカのインセル("非自発的禁欲主義者"と呼ばれるネット上の非モテコミュニティ。近年アメリカで起きたいくつかの無差別殺傷事件の犯人はインセルの思想に影響されたとみられている)は熱烈なトランプ支持の白人至上主義者ですが、「一夫一妻制の社会に戻せ」と(保守的な)フェミニストとまったく同じ主張をしています。

これは、自由恋愛が非モテの男に不利で、モテの男と(相対的によりよい男とカップリングできる)すべての女に有利な制度であることを考えれば当然の話です。しかし、個人の自由を最大化するという意味でのリベラリズムは現代において最も強力なイデオロギーですから、まったく現実的な話ではないと思いますが。

――ここまでお話をうかがって、脳のプログラムという「本能」が、さまざまな点において、現代社会で直面する「事実」に適合していないことがあらためてよくわかりました。

 ポーランド出身の社会学者ジグムント・バウマンが、名著『リキッド・モダニティ 液状化する社会』(大月書店)の数年後に発表した『廃棄された生 モダニティとその追放者』(昭和堂)という著作で、現代の社会状況をきわめて的確に言い当てています。

資本主義社会がゆたかになると、誰もが個人として自己実現を求めるようになり、社会は流動化=液状化する。しかし、全員がこの大きな変化に適応できるわけはなく、こぼれ落ちてしまう人たちが出てくるのは避けられない。

バウマンの念頭にあるのは移民や難民ですが、働き過ぎて身体を壊したり、こころを病んだりするビジネスパーソンも含まれます。そのため現代社会は、積極的雇用政策やリカレント教育、カウンセリングなどの精神医療によってこぼれ落ちた人を"リサイクル"して労働市場に戻そうとしますが、それができないと"廃棄"されてしまいます。バウマンはこれを、「人間廃棄物(wasted humans)」と呼んでいます。

バウマンによれば、ゆたかな消費社会が大量のゴミ(廃棄物)を生み出すように、私たちが享受している「ゆたかで自由な社会」と「格差拡大」はトレードオフです。リベラルな社会では人種や性別、出自にかかわらず誰もが社会的に成功する可能性がある一方で、いつ"廃棄"されるかわからない――。これが、私たちが生きている社会だというのです。

きわめて残酷な話ですが、これが現実の一面であることは否定できません。「じゃあ、どうすればよりよい社会にできるんだ?」という問いに対する答えを私は持ち合わせていませんが、「この残酷な世界で、どうすれば自分や家族がもうすこしゆたかに、幸福になれるのか?」という問いであればいくつかの基本的なアドバイスができます。これからも、読者に向けてそういう話を書き続けていくつもりです。

●橘 玲 (たちばな・あきら) 
作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が累計30万部超、『言ってはいけない』(新潮新書)が50万部超のベストセラーになる。近著に『上級国民/下級国民』(小学館新書)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書)など

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年金問題の本質は? 教育無償化は正しい? 日本人は本当に右傾化している? 人気作家・橘玲が、複雑で残酷な現代社会のタブーに次々とメスを入れる『週刊プレイボーイ』人気連載の書籍化第4弾。シリーズ先行作『不愉快なことには理由がある』『バカが多いのには理由がある』『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』(集英社文庫)も好評発売中

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