大人のひきこもりをゼロにしつつある秋田県・藤里町。現役世代の10人に1人がひきこもる町を変えた"3つのNG"

大人のひきこもりをゼロにしつつある秋田県・藤里町。現役世代の10人に1人がひきこもる町を変えた"3つのNG"

ひきこもり支援に携わるスタッフの意識改革を断行し、目覚ましい成果を上げた藤里町社会福祉協議会の菊池まゆみ会長

■機能していない支援センター

今年3月、内閣府は40歳〜64歳でひきこもり状態にある人が全国に61万3000人いるとの調査結果を発表した。40歳未満については54万1000人と、同じく内閣府が2016年に発表している。合算すれば約115万人だ。

著書に『ルポ ひきこもり未満』(集英社新書)があるジャーナリストの池上正樹氏はこう話す。

「国も自治体もひきこもり支援を講じてはきましたが、その対象は39歳以下が重点。年齢的にも就労が難しい40歳以上の『ひきこもり者』は、支援のカヤの外に置かれてきた経緯があります」

だが2015年4月、生活困窮者自立支援法の施行を契機に、厚労省はひきこもりに特化した相談窓口『ひきこもり地域支援センター(以下、支援センター)』を整備。全年齢のひきこもり者に開かれたこの相談窓口は、昨年4月に全都道府県と政令指定都市への設置(67ヵ所)を完了した。だが、ある県の支援センターの担当者がこう明かす。

「正直、機能していません。相談に来る人がほとんどいないからです。家から出られないひきこもりの人を相手に、来所した人だけ相談に乗る"待ち"の姿勢ではそうなるのも当然です」

別の県の支援センターへ相談に訪れたことがある、ひきこもり者の母親がこう嘆く。

「10年ほど自宅にひきこもる息子のことを伝えたら、精神医に掛かりなさいと言われました。その後、紹介された病院に行ったら、今度は医師に『本人が来ないことには手の施しようがない』と言われました。それができないからひとりで来ているのに......」

脱ひきこもりの真に効果的な支援とは何か? 多くの自治体が、その答えを見つけ出せずにいる。

そんな中、独自の支援でひきこもりを限りなく"ゼロ"に近づけている町があった。

■「心の問題」は解決できない

秋田県藤里町は人口3214人で、高齢化率47%を超える過疎の町だ。秋田市からは車で約1時間半。雪に閉ざされる冬には北側へ抜ける道が通行止めになる日も多く、地元では"行き止まりの町"とも呼ばれている。06年、当時9歳だった我が子と近所の小学生を殺害した、畠山鈴香(逮捕時33歳)の連続殺人事件が起きた町として記憶している人もいるだろう。

だが、今は福祉関係者がこぞって視察に訪れる"脱ひきこもりの先進地"として名を馳せている。10年時点では、この町には家族以外との交流や外出がほとんどない18歳から55歳のひきこもりが113人いた。同年齢の人口の約1割に上る数で、その半数が40歳以上だった。ところが、その後の5年間で113人のうち86人が就労して自立している。

この取り組みを牽引しているのが藤里町社会福祉協議会(以下、社協)だ。7月下旬、本誌記者は藤里町へと飛んだ。

「この辺りは前までは『あの事件の』って言われることが多かったけど、今では『ひきこもりがいなくなった町だよね?』って言われるようになった。"あの人"がいなきゃ、今の藤里はなかったと思うわ」(藤里町商店・店主)

あの人とは、社協の菊池まゆみ会長(63歳)のこと。藤里町の多くのひきこもり支援策の生みの親でもある。

社協に着くと、2、30人の職員が集う事務局の隅っこ、出入口の目の前の自席でPC画面と向き合っていた。「どうも、菊池です」。柔和な表情で名刺を差し出す様は、どこにでもいる気のいいオバちゃんといった風情だ。

「長旅でお疲れでしょ? 向こうに食事処があるので、まずは蕎麦でも食べながら、ひと休みしてください」

案内されたのは、2階建ての施設『こみっと』。食事処のほか、障害サービス多機能事業所や、各種団体の共同事務所などもある同町のひきこもり支援の拠点だ。

「遠方からお疲れ様です」

少したどたどしい接客で、ざるそば定食を持ってきてくれたのは50代の男性だ。菊池氏が話す。

「あの方も元ひきこもりの人です。ここはひきこもりから脱した人が本格的に働くまでの準備期間にあたる"中間就労"の場。彼には接客や調理をやってもらっています」

現在、『こみっと』で働く元ひきこもりのスタッフは4、5人。多くはこの場をステップに一般就労を果たすという。

社協がひきこもり支援に着手したのは06年。訪問ケアやデイサービスなどの介護サービスも担う社協の中で、当時、菊池氏はケアマネージャーと訪問相談員と社協の事務局長を兼務する立場にあった。

「当時、要介護者がいるお宅に行くと、『仕事を辞めて部屋から出てこなくなった息子がいる』という話を聞かされることがありました。でも、その頃はひきこもり支援という言葉もなくて、『早く働けばいいのにね』くらいにしか思っていませんでしたね」(菊池氏、以下同)

だが、ひきこもりがいる家庭と関わっていくうちに、こう思うようになっていった。

「何年も部屋に子供がとじこもっている状態を本人がいいと思っているはずはないし、家族も手を尽くしてきたはず。それなら、私たちも何かできることがあるのでは?と考えるようになりました」

そこでまず、社協が着手したのが実数調査だった。

「どこにどんな人が閉じこもっているのかを把握しないことには動けないし、税金で運営する社協では実数を示さないと事業化が難しい」

藤里町の総世帯は1300ある。職員による個別訪問のほか、各地区の自治会、民生委員、PTAなどのネットワークも活用し、広く情報を集め、ひきこもり者のリストを作成。結果は113人だった。

「最初は10人から20人程度と想像していたので、愕然としました。調査なんてしなきゃ良かった......と思うほどに重たい数字でもあったんです」

だが、「ひきこもり状態にある人たちを放っておくわけにもいかない」と、実数調査のあと、社協はひきこもりを抱えるすべての世帯への訪問支援に乗り出した。当時者から悩みを聞いて相談に乗るカウンセリングを始めようとしたのだ。だが、訪問しても悩みを聞くどころか、会うことも困難だった。

「何様だと怒る人や、『ウチに支援は必要ない。お願いだからもう来ないで』と懇願される人もいました」

時折、ひきこもり当事者と話せる機会はあった。そんなときは悩みを聞いたあと、「3週間後にこんなイベントやボランティア活動があるから」と声を掛けるのだが......。

「皆、そのときは『行きます』と前向きに答えてくれるんです。でも、当日に来ない。後になって分かった話ですが、本人は確かに参加したい気持ちは強いんだけど、約束の日が近づくとプレッシャーに感じ、眠れなくなって、当日はお腹や頭が痛くなる。そういう人が結構多くて、このやり方ではダメだと思いました」

訪問調査の過程でひきこもり当事者たちに気づかされたたことがもうひとつある。

「15年も家族以外の人との関係が断絶した状態にある人が、『俺はひきこもりじゃない!』と言うんです。事情を聞いたら、『3年前に数日間、ボランティアに参加したことがあるからだ』って。彼のようにひきこもり扱いされたくない人は多かった。私たちはそれを頭ごなしに『ひきこもり』と決めつけ、治療者でもないのに、彼らの心の問題を解決しようとしている。そんな支援は福祉の傲慢じゃないかと。

じゃあ、私たちが福祉職の専門性を生かしてできることは何か。それは、彼らが『家から出たい』と思ったらいつでも受け入れられるような居場所を作ることだと」

その後、菊池氏が藤里町長に掛け合い、設置したのが前出の『こみっと』だ。同時に、支援の方針も大きく変えた。

「引きこもり者への『相談、指示、助言』はNGにして、情報提供に徹した。具体的には『こみっと』のチラシを作って自宅訪問時に配布し、『今後も情報提供に伺っていいですか?』と尋ねる。すると彼らは面倒くさそうではありますが同意してくれて、『もう来るな』とは言わなかった」

当初は、ひきこもり者が参加できるボランティア活動やレクリエーションなどの支援メニューを用意し、これらをチラシに載せていた。だがそれでも当日、会場に姿を現す人はほどんどいなかった。

「もしかして、働く場やそのきっかけを求めている?」

菊池氏はそう仮説を立て、介護の資格取得にもつながる、ホームヘルパー2級養成研修の情報提供をひきこもり者にもしようと決断。これが当たった。

当日、研修会場にはひきこもっていた人たちが次々に姿を現したのだ。菊池氏は仮説が正しかったと確信し、その後は就労支援にも力を入れるようになった。農家や酒屋店主やガス販売店主など、地域のさまざまな職種の人たちを講師に迎え、それぞれの仕事の実務を伝える『社会復帰訓練事業』も始めた。

ひきこもり当事者が家から出た後の居場所を作り、そこを受け皿に就労へとつなげる。この支援を継続した結果、2010年時点で113人いたひきこもり者は、今や10人足らずに激減している。

「数年前から宿泊施設を整備し、県外のひきこもり者の受け入れも始めました。現在、年間100人程度の方に来てもらっています」

"藤里方式"は、ひきこもり問題解決のヒントになるかも。

取材・文・撮影/興山英雄

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