いま最も永田町ににらまれる映画を作る男・河村光庸「空気を読まない作り手たちを、孤立させたくないんです」

いま最も永田町ににらまれる映画を作る男・河村光庸「空気を読まない作り手たちを、孤立させたくないんです」

『新聞記者』『i ー新聞記者ドキュメントー』『宮本から君へ』でエグゼクティヴプロデューサーを務める河村光庸氏

ひどいのはわかっているけど、しょうがない――そんな昨今の政治に対する人々の冷めた空気に、ストレートに「否!」を投げかける映画を作り、ヒットを飛ばしているプロデューサーがいる。彼はなぜ"忖度しない"作品を作るのか? その思いに迫った。

■世間に蔓延する空気を映画で変えたい

政権のスキャンダルを暴くため奮闘する女性記者の姿を描き、大ヒットを記録した映画『新聞記者』(藤井道人監督/6月28日公開)。同作のモデルとなっているのは、官房長官の記者会見で執念深く質問を重ねるあの女性記者、東京新聞の望月衣塑子(いそこ)氏だ。

そして、彼女が記者として悪戦苦闘する姿を追ったドキュメンタリー『i−新聞記者ドキュメント−』(森達也監督)が11月15日に公開された。

どちらにも共通するのは、安倍政権や、それに追随する官僚、マスコミを果敢に批判していることだ。なぜ永田町にとっては面白くない作品を作り続けるのか?

両作でエグゼクティヴプロデューサーを務める河村光庸(かわむら・みつのぶ)氏を直撃した。

河村光庸(以下、河村) もともと、『新聞記者』と『i−新聞記者ドキュメント−』は2本セットで企画を作ったんです。決して『新聞記者』のヒットに気をよくして、製作したわけではありませんよ。

同じテーマのフィクション映画と記録映画を2本同時に公開するなんて、前例がないこと。実際、森監督には「世界初のケースを達成しましょう」と口説いて、監督を引き受けてもらいました。

――ただ、現政権を辛辣(しんらつ)に批判するような映画を今年だけでも2本公開するというのは、なかなか躊躇(ためら)われることではないかと思います。

河村 私は全然、そうは思わないですね。むしろ、いまのような危うい状況で、どうして『新聞記者』や『i−新聞記者ドキュメント−』のような作品を誰も作らないんだろうと不思議で仕方ない。

アメリカや韓国などには政権の腐敗や闇をテーマにしたポリティカルな映画がたくさん作られ、ヒットもしています。なのに、日本にはそうした映画があまりに少なすぎる。

――危うい状況とは?

河村 現在の安倍政権のおかしさは、もはや言うまでもないと思います。しかし、政権のメディア介入が功を奏しているのか、報道は表面的で大した追及もされないまま、長期政権を維持している。

そんな状況を見るにつけ、「群れる」というか、「空気を読む」というか、「忖度(そんたく)」や「同調圧力」といった実に日本的なものが民主主義を形だけのものにしている。

安倍政権はそうした権力への忖度ムードを巧みにつくり出し利用している。そのムードを変えたい。映画で「いまの忖度ムードはダメだろ!」という空気を社会の間につくりたいんです。

■なぜ『宮本から君へ』は助成金内定が取り消されたのか?

そんな河村プロデューサーに突然、トラブルが襲いかかったのは今年7月10日のことだった。公開の準備を進めていた『宮本から君へ』(真利子哲也監督/9月27日公開)への助成金が突然、取り消しになってしまったのだ。

文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」(以下、振興会)が交付予定だった金額は1000万円。それが出演者のピエール瀧が麻薬取締法違反で逮捕、6月に有罪判決が下ったことを受け、不交付になってしまった。

――一度内定した助成金が不交付になるのは初のケースで、極めて異例だそうですね。

河村 ピエールさんが逮捕されたのは今年3月12日。助成金の内定はその後の3月末に振興会から知らされました。だから、事件が助成に影響するとは思っていませんでした。

ところが4月になって完成した作品を見たいとの申し出が振興会からあり、試写に応じたところ、振興会職員がやって来て、ピエールさんの登場シーンをカットするか、内定を辞退するかのどちらかを選んでほしいと通告してきたんです。

――振興会の申し出を受け入れたんですか?

河村 そんなの、断固拒否ですよ。物語は麻薬と一切関係ないし、ピエールさんも麻薬ウンヌンのセリフは言っていない。映画と出演者の麻薬使用はまったく関係がないんですから、それで登場シーンをカットしろなんて受け入れられるワケがない。当然、内定辞退もありえない。

――しかし、振興会は7月10日に内定取り消しを決定。それから3ヵ月後の10月17日にこの件が朝日新聞の報道によって明らかになりました。

河村 私がダメだと思うのは内定取り消しの根拠があいまいなこと。助成金の交付要綱にも明確な規定がありません。7月、内定取り消しの文書を渡すため4人の振興会職員が私の元にやって来たとき、私は「ほかの製作者にも影響があることだから、内定取り消しのプロセスやガイドラインを公表してほしい」とお願いしたのですが、その4人は無言のまま。何を言ってものれんに腕押しでした。

――そして、そのまま7月に助成金の内定取り消しが決定、と。

河村 はい。振興会がその理由に挙げたのが「国が薬物を容認するようなメッセージを発信することになりかねず、公益性の観点から不適当」というものでした。

ところが、その時点では内定取り消しについて書かれた助成金交付要綱8条には「公益性の観点」なんて文言はどこにもない。

それでまずいと思ったのか、振興会は交付要綱を改正し、9月27日に「公益性の観点から助成金の交付内定が不適当と認められる場合」という文言を8条に追加したんです。これ、明らかに後づけですよね。

今後は「公益性」という、拡大解釈がいくらでも可能な概念を基準に、行政が助成金を取り消せるようになった。表現の自由の萎縮につながりかねず、大問題だと思っています。

■同じ志を持つ表現者を孤立させないために

――6月末に公開された『新聞記者』に怒った官邸の圧力が助成金の内定取り消しにつながった、と見る向きもありますが。

河村 それはないです。『新聞記者』も、今月公開の『i−新聞記者ドキュメント−』の製作中にも、政治的な圧力がかかったということはありませんでした。もちろん、『宮本から君へ』も同様です。だから、政権が気に入らない映画を公開したことが、助成金取り消しにつながったとは僕も受け止めていません。

そこにある本質は、やはり忖度ムードと強い同調圧力です。最近、「KAWASAKIしんゆり映画祭」(神奈川県川崎市)で公開される予定だった一部の作品が一度は上映中止になった騒動(*)がありましたが、これも政治権力が介入し、その命令によって実行されたわけではない。いずれも主催者が自らの判断で中止を決めたのです。

(*)神奈川県川崎市で開催された「KAWASAKIしんゆり映画祭」(10月27日〜11月4日)で上映予定だった従軍慰安婦をテーマにした映画『主戦場』。同作の出演者の一部が上映中止を求めて提訴していることへの懸念を川崎市から伝えられた主催者側は、観客の安全面も考慮して中止を決定した。だが、これに映画関係者などが猛反発。11月2日、主催者側は一転して最終日の4日に公開することを決めた

――確かに、政治は一切口出ししていません。

河村 そう、権力者の意向を忖度し、勝手に自主規制をしているんです。権力者が専横を振るうよりも、そちらのほうがずっと怖いと思いませんか?

昨年、森友問題に関して、官僚が公文書を改竄(かいざん)するという事件がありましたが、その構図とよく似ている。命令されたわけでもないのに上層部の意向を忖度し、それがどんどん下部に広がってより過度な自主規制へとつながっていく。

そして、その同調圧力が個と個を分断して対立へと追いやり、最終的には社会全体が不寛容になって自由が失われてしまう。世の中が同じ方向に向かって走ってゆくときのメカニズムはいまも昔も変わりません。

――では最後に、新作『i−新聞記者ドキュメント−』への思いを聞かせてください。

河村 日本が多様性や個人を尊重する社会になるのか、それとも横並びで不自由な同調圧力社会になるのか、いまはその正念場にあります。

だから、『i−新聞記者ドキュメント−』は『新聞記者』と同じくヒットしてほしい。こういう映画が広く観客に受け入れられなければ、「空気を読むことが是」とされる社会に物申す表現者は孤立し、いずれ黙殺される。多くの人が見てくれれば私だけでなく別の表現者が、同じ志の作品を作ってくれるはず。そう思っています。

●河村光庸(かわむら・みつのぶ)
1949年生まれ、東京都出身。出版社の代表取締役などを経て、2008年に映画配給会社スターサンズを設立。ヤン・イクチュン監督の『息もできない』(08年)を買い付け・配給。ヤン・ヨンヒ監督の『かぞくのくに』(11年)ではエグゼクティヴプロデューサーを務める。以後、『あゝ、荒野』(16年)、『新聞記者』(19年)、『宮本から君へ』(19年)など話題作の企画、製作に携わる

『i ー新聞記者ドキュメントー』新宿ピカデリーほか全国公開中
監督:森達也 企画・製作・エグゼクティヴプロデューサー:河村光庸 出演:望月衣塑子
オウム真理教を題材にした『A』(1997年)やその続編『A2』(2001年)、ゴーストライター騒動の渦中にあった佐村河内守の表裏を暴いた『FAKE』(16年)などで知られる森達也監督による最新ドキュメンタリー。東京新聞の望月衣塑子記者の姿を通して、日本社会が抱える同調圧力や忖度の正体を暴く。菅義偉官房長などさまざまな人物に体当たりで取材する望月記者を追う。第32回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞を受賞

写真/橋定敬

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