愛やセックスに苦しめられた著者が「動物性愛」を学術的に研究して見えたこと

愛やセックスに苦しめられた著者が「動物性愛」を学術的に研究して見えたこと

「『自分は変態ではないか』と思い悩む必要はないと言いたいです。むしろ、人間以外の動物にこれほど共感できることを誇りに思ってほしい」と語る濱野ちひろ氏

犬や馬など、動物を性的パートナーとする動物性愛者たち。彼らにとっての愛とはいったい何か? かつて性暴力に苦しめられた過去を持つ著者の濱野ちひろ氏が、学術的見地からアプローチするこの深淵な世界は、すべての読み手に斬新な読書体験をもたらしてくれるに違いない。第17回開高健ノンフィクション賞受賞作『聖なるズー』が紡がれた背景に迫る。

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──日本ではどうしても「獣姦(じゅうかん)」という言葉が先に立ちますが、動物性愛はこれとまったく異なるものと考えるべきですね。

濱野 そうですね。動物性愛、そして動物性愛者を指す「ズー」という言葉は、これまで日本でまったく認知されていなかったものです。だからこそ、こうして本になることで少しでも理解が進めばという思いがあります。

実際、私自身は動物性愛を恥ずべきものとはとらえていませんし、当事者であるズーには「自分は変態ではないか」と思い悩む必要はないと言いたいです。むしろ、人間以外の動物にこれほど共感できることを誇りに思ってほしいですね。

──確かに、本書に登場するズーの人々は、必ずしも動物にセックスを求めているわけではありません。これは意外な事実でした。

濱野 私たち人間はもともと、他者に対する強い共感力を持っています。その対象がたまたま同じ人間ではなかったのがズーと呼ばれる人々です。歴史的に見れば、動物との性行為は多くの地域でタブーとされてきました。しかし、動物虐待にあたらなければ、ほかの動物との親密なコミュニケーションの形とも考えられると思います。

──つまり、LGBTなどの性的マイノリティに近いものととらえればいいのでしょうか。

濱野 私はそれについては慎重で、LGBTの問題とは分けて考えなければならないと思っています。なぜなら、LGBTというのは人権問題をはらむもので、例えば婚姻や遺産相続など、法律で定められた親族の関係に入れるか否かによって、不遇を強いられている人たちが大勢います。

これに対してズーは、動物をパートナーとしていても、婚姻関係を結びたいとは考えていません。関係性上、相手を「妻」と呼ぶことはありますが、人権問題とは論じる点が根本的に異なるんですよ。

──濱野さんは実際にズーの人々から話を聞くために、ドイツへ渡っています。取材時の苦労はどのような点に?

濱野 ドイツにある世界で唯一の動物性愛者団体「ZETA(ゼータ)」とのコンタクトは、やはりひと筋縄ではいかなかったですね。日本からメールを送っても、最初は相手側から非常に警戒されました。

その後、どうにか数名のメンバーとスカイプでやりとりを始めたものの、なかなか対面取材に持ち込めませんでした。最初の数ヵ月は、とにかく「ハロー」のひと言だけでも毎日コメントするようにして、あくまで学術調査の目的で話を聞きたいということを、少しずつ丹念に訴え続けました。

──それが奏功して、やがて彼らと密な関係を築くことができたわけですね。

濱野 なかには「聞きたいことがあるなら、今このチャットで聞けばいいじゃないか」というズーの人もいました。でも、私はアンケートが取りたいわけではなく、ズーのことを深く知りたかったので、慎重に関係を深めていきました。その結果、アカデミックな関心については彼らも寛容であることがわかり、ようやく直接会う機会が得られたんです。

──本書には犬を妻とする人や、ネズミの群れと暮らす人など、さまざまなタイプのズーが登場します。とりわけ印象深いのは?

濱野 最も印象深いのは、この本の中で唯一、実名で登場しているミヒャエルでしょう。彼は当時、キャシーという名のシェパードを妻にしていましたが、実際にドイツで会う前に一度、スカイプ上で「人間の女性を好きになったことはあるの?」と聞いてみたことがあるんです。

すると彼が「あるよ」と答えたので、どんな女性だったかと尋ねると、「動物っぽい女性だった」との答えが返ってきました。

でも私には、動物っぽい女性というのがよくわからなかったので、モニター越しに「じゃあ私はどう? 動物っぽい?」と聞いたら、「まったく違うよ」と笑われたんです。それなら直接会っても安全だろうと、安心してドイツへ行くことができましたね(笑)。

──ドイツにはどのくらい滞在されたのでしょうか。

濱野 この本を書く前に2度、計4ヵ月ほど滞在しました。その後、本を書き終えてからもう一度、2ヵ月滞在して学術調査を行なっています。

──そもそも濱野さんがこうした研究に取り組むことになったきっかけとして、過去に元パートナーから受けた性暴力体験を冒頭で綴(つづ)っています。学術的興味の発端はなんだったのでしょう?

濱野 私はこれまで、自分が抱えている心の傷と折り合いをつけるために、さまざまな手法を試してきました。カウンセリングを受けたり、身体技法に癒やしを求めたり、恋をしてみたり、友人に話を聞いてもらったり......。

でも、どれも傷口に薬を塗るような作用は感じられても、なぜそこにずっと傷が残っているのかはわからなかったんです。

そこで論理的に解釈するために、私は30代の終わりになって大学院へ進むことを決めました。専攻は文化人類学におけるセクシュアリティ研究で、主に人間の性やそれにまつわる事象や、性をめぐる社会的状況、歴史などがテーマです。

──その過程で出会ったのが動物性愛であった、と。

濱野 そうですね。研究すればするほど、愛というものがいかに曖昧なものであるかを思い知らされたこともあり、動物性愛には人間の性的欲望の不可解さをひもとくヒントがあるのではないかと思えたんです。

──あらためて、今回こうして動物性愛というテーマが世に出ることについて、どのような意義を感じていますか。

濱野 世間的にはまだまだイロモノ扱いされてしまうテーマかもしれません。でも、どのような形であっても、これによってなんらかの議論が生まれるきっかけになれば本望です。ここで取り上げたズーも、こうして本になることをとても喜んでくれているんですよ。

●濱野(はまの)ちひろ
ノンフィクションライター。1977年生まれ、広島県出身。2000年、早稲田大学第一文学部卒業後、雑誌などに寄稿を始める。インタビュー記事やエッセイ、映画評、旅行、アートなどに関する記事を執筆。2018年、京都大学大学院修士課程修了。現在、同大学大学院博士課程に在籍し、文化人類学におけるセクシュアリティ研究に取り組む

■『聖なるズー』
(集英社 1600円+税)
人間が動物に対して感情的な愛着を持ち、時に性的な欲望を抱く性愛のあり方「動物性愛」。かつてパートナーから性暴力を受け、愛やセックスを軽蔑しながら、根本ではそれを理解したいという欲求のあった著者。自分を苦しめ続ける問題から解放されるべく、選んだのは大学院で学術的に研究する道だった。その過程で、直感的に取り組んだ「動物性愛」のテーマ。ドイツにある世界で唯一の動物性愛者による団体「ZETA(ゼータ)」のメンバーと寝食を共にするなどして見えてきた、動物性愛者の性とは? 著者がそこから見いだしたものとは? 第17回開高健ノンフィクション賞受賞作

インタビュー・文/友清 哲 撮影/有高唯之

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