理性よりも感情が重視される日本社会。“男子トイレの小便器”にあるヒントとは

理性よりも感情が重視される日本社会。“男子トイレの小便器”にあるヒントとは

政治社会学者・堀内進之介氏(左)と政治学者・宮台真司氏による対談では国や企業に“カモられない”ための具体策が論じられた

今、注目の政治社会学者・堀内進之介氏が書いた『感情で釣られる人々〜なぜ理性は負け続けるのか』(集英社新書)が話題だ。

近頃、日常生活の様々な場面で理性よりも感情に訴える主張が注目を集めている。SNSの炎上や、選挙戦で感情的に訴える候補者が優位になりやすい現象にも顕著だが、それを本書では国家や企業が“人々をいかに感情で釣るか?”に心血を注ぐ現代社会の危うさとして警鐘を鳴らしている。

そこで今回、前編記事では著者の堀内氏と社会学者の宮台真司氏による対談から、理性よりも感情が重視される日本社会の行き着き先には、かつてナチスドイツが陥った全体主義が口を開けて待っているという危惧を伝えた。

それを受けて、後編では人々が感情で釣られにくい健全な社会へと転換していくにはどうすればいいのかを堀内氏の言葉を通して検証する。

まず、唐突ではあるが堀内氏による次の出題に答えてほしい。

『バットとボールがセット価格1100円で売られています。バットはボールより1000円高い。そのとき、ボールの値段はいくら?』

堀内氏によれば、「100円!」と答えた人は、感情が理性に負けた瞬間を今まさに体験したことになるのだという。確かに、落ち着いて考えればわかることだが、ボールの値段は<バット・1050円−1000円>で50円が正解だ。

「ここで注目すべきは、答えを出したときの心地よさです。100円という誤った答えを出した時の“快”は、じっくり考え、50円という正解を導いた時には得がたいもの。そうした心地よさは根拠なく正しいと思い込んだり、後から再びその答えを吟味する必要を感じなくさせたりする原因にもなりえます」(堀内氏)

なるほど。国家や企業はそんな“人間の弱さ”を逆手に取り、感情的な共感を巧みに引き出すことで、人々を釣り上げようとする。今はその風潮が強まっているというわけだ。宮台氏も前編記事でこう言っていた。

「人々は感情的に劣化すると“自動機械”となり、どのボタンを押せばどう行動するかが統計的に予測できるようになります。同時に、『民主的に議論したいならしてもいいが、議論の方向はどうとでも制御できる』という風潮も強まります」








そこで本題だが、感情で釣られないためにはどうすればいいのか? 堀内氏によると、それは何やら“男子トイレの小便器”にヒントがあるらしい…。

「行動経済学では、『ナッジ』という考え方があります。これは『ヒジで軽く突く』という意味の英語ですが、行動経済学の分野では、ごく簡単に言うと『科学的分析に基づいて、結果的に人間に適切な行動を取らせる戦略』として使われる言葉なんですね。

例えば、最近の男子トイレで的(まと)がついた小便器を見たことがあるでしょう? これ、元々はオランダの空港で採用されたのが初めてらしいのですが、日本では、一番最初は便器の上に『もう一歩前に』と書いてあったんです。次に登場したのが『いつもきれいに使ってくれてありがとう』でした。

私から言わせると、『もう一歩前に』は利用者に理性的なメッセージを投げていて、次は共感に訴えようと『いつもきれいに使ってくれてありがとう』という文言に変わり、それでも尿がはねて掃除が大変なものだから、さらに進んだトイレにはナッジを活用して的を付けた、と。そういう変遷を辿(たど)っているわけですね。

体験した男性ならわかると思いますが、的がついていれば、思わずそこに向かって狙って小便をするわけです。すると飛び散らない。もちろん、拒否することもできるんですけど、感情でも理性でもない“何か”に訴えかけられて、的を狙わずにはいられなくなる。

要は、ナッジとは結果的に理想の状態へと導くための、人間の“習性”を利用した仕掛けのこと。低コストな上に、なんとなくユーモラスな点が私は気に入っているんですね。

ナッジの発想の中心にあるものは、どんなエリートでも人間の中には賢い時の自分と、賢くない時の自分がいると。それなら、賢い時の自分が賢くない時の自分をうまくケアしてあげればいいということなんです。

これを個人に置き換えれば、毎日忙しくてやることがいっぱいあるでしょうと。そんな中で、いつもいつもすべてを覚えながら生活するのはしんどいし、面倒くさい。それなら、もう少し賢くなって、例えば明日、どうしても会社に忘れてはいけない書類があるなら、それは前の晩に玄関に置いておけばいいじゃないかと。

フランスの哲学者、ミシェル・フーコーは、社会を変えるために大変革を持ち出すのは危ういと言って、“ローカルな抵抗”というものをとても重視しています。恐らく日常的な場面での小さな抵抗と小さな実践の積み重ねが社会を変える力になるのだとフーコーは考えていたのでしょう。

それこそ、個人的なナッジの実践は効果が限定的ではありますが、忘れてはいけない書類を玄関に置くというささやかな行為は、巡り巡って自分の心に余裕を与え、少し理性的にもさせてくれる要因にもなるはずです。

ナッジを活用した“ローカルな抵抗”を積み重ねていけば、きっと、自分だけの人生じゃなくて、誰かの人生の役に立つゆとりを生み、ひいては、社会を正しい方向に導く力になるんじゃないかと思っています」

感情で人々を釣ろうとする国家や企業に“カモられない”ためにも、堀内氏が提唱するナッジというローカルな抵抗を実践してみるのもいいかもしれない。

(取材・文/週プレNEWS編集部)

●堀内進之介(ほりうち・しんのすけ)






1977年大阪府生まれ。現代位相研究所・首席研究員。青山学院大学大学院非常勤講師。著書に『知と情意の政治学』、共著に『人生を危険にさらせ!』など

●『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』集英社新書 760円+税






http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-720841-2&mode=1

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