異なるルーツを持つ人たちと助け合い、それを「日本社会の力」にするためのヒント

「日本の社会全体に漠然とした不安や不満がたまっている。その原因のひとつは日本の教育にもあるような気がします」と語るちゃんへん.氏

在日コリアンとして、京都府宇治市のウトロ地区(第2次世界大戦中に京都飛行場建設に携わった朝鮮人の子孫が暮らす地域)に生まれ、幼い頃から差別や偏見、陰惨ないじめを経験しながら「ジャグリング」との出会いで人生が一変。

中学2年生で出場したアメリカのパフォーマンスコンテストで優勝し、以来、世界を舞台に活動を続け、自らの力で自分の生きる場所を切り開いてきた、ちゃんへん.さん。

アイデンティティをめぐる悩みや葛藤と向き合いながら、常にポジティブな姿勢で歩んできた彼の人生を振り返りながら、多様なルーツを持つ人たちがお互いの違いを乗り越え、尊重しながら生きてゆくためのヒントを与えてくれるのが、本書『ぼくは挑戦人』だ。

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――在日コリアンの人たちが、こんなに多くの悩み、葛藤、戸惑い、疑問と向き合いながら生きているのだと、あらためて感じました。ちゃんへん.さんが最初に自分のアイデンティティを意識したのはいつですか?

ちゃんへん. 小学校低学年の頃ですね。本には書かなかったのですが、小学校入学の直前、引っ越した先の公園で仲良くなった友達がいたんです。

その子のお母さんに「どこから来たの?」って聞かれたので、それまで祖父母と暮らしていた「ウトロ」だと答えたら入学後、その子が僕と口をきいてくれなかったんです。

僕自身、それまで朝鮮人という言葉の意味すら理解していなかったのですが、次第に意識するようになり、クラスの中で無視されたり、いじめを受けたりすることも増えました。

――「いじめ」と呼ぶにはひどすぎる、命に関わるような陰惨な暴力に遭いながら、当時ブームになっていた「ヨーヨー」の技でクラスの雰囲気を一変させた場面は鮮烈でした。

ちゃんへん. 「ハイパーヨーヨー」との出会いは、当時の愛読書だったマンガ雑誌『コロコロコミック』の読者プレゼントで景品のヨーヨーが当たったことでした。『コロコロ』の新刊が出るたびに新しい技を練習していたら、そのうちハイパーヨーヨーブームが到来したんです。

全国の小中高生の間で、ヨーヨーが爆発的な人気を集めるなか、僕は京都で出場したすべての大会で優勝するほどの腕前になっていて、それを境にクラスの雰囲気が一変して、気がついたら僕は学校でヒーローになっていました。

クラスメイトが、技のコツとかキラキラした目で聞いてきたりするんですよね。僕みたいにうまくなりたいと。自分が何か影響を与えたんだなという感覚がありましたね。

――それまで自分をいじめていたクラスメイトの態度が、手のひらを返したように変わったことに対する怒りはなかった?

ちゃんへん. 不思議とそういう感情はなかったんです。そこには僕の母の考え方が影響しているのかもしれません。

僕が小学校でひどいいじめに遭っていることが発覚したとき、学校に乗り込んできた母は校長先生に向かって、「この学校でいじめがなくならないのは、子供たちにとっていじめより面白いものがないからや! 学校のトップやったら子供にいじめより面白いもん教えたれ!」と一喝したんです。

返す刀で僕をいじめていた子供たちには「すてきな夢を持っている子はな、いじめなんてせぇへんのや! 強さを自慢したいんやったらルールのある世界で勝負せぇ!」と言い捨てて帰るような人でした。

そんな母がよく口にしていたのは「人の言っていることはそのまま聞くな。どういう気持ちでその言葉を使っているかを聞け」ということでした。母は僕をいじめていた子供たちの言葉や行為を責めるのではなく、その子たちをいじめに駆り立てた内側の問題、心の問題を見ていたのだと思います。

――中学時代にアメリカの大会に出場していきなり優勝。以来、20年近くにわたり、世界各地で公演を重ねてきたちゃんへん.さんですが、いわゆる「嫌韓」や在日コリアンに対するヘイトの問題が表面化している、最近の日本をどう見ていますか?

ちゃんへん. この10年ほど、差別や多文化共生といったテーマの講演に呼んでいただく機会が増えました。そのなかで感じているのは、在日コリアンだけでなく、日本の少子高齢化が進むなかで、日本人以外のルーツを持つ多様な国の人たちが、確実に増えているということです。

一方で、100年以上の歴史がある「日本人と在日コリアン」の問題を考えても、いまだに差別や偏見の問題が残っていて、多様なルーツを持つ人たちが同じ社会のなかで一緒に生きてゆくという、グローバル化の観点でいえば、日本は大きく遅れていると感じます。

もうひとつ感じるのは、日本の社会全体に漠然とした不安や不満がたまっているのではないかということです。そして、その原因のひとつは日本の教育にもあるような気がします。

子供のときには、誰でも漠然と抱いている憧れとか夢とか、なりたい職業がありますよね? でも日本の教育って、そういう夢を諦めさせて、もっとリスクのない安全な人生に誘導してゆくようなところがあると思うんです。

僕が中学生のとき、「ジャグリングで生きていきたい」なんて言いだしたら、先生は「そんなバカなことは考えるな。もっと現実的になれ」なんて言うわけです。

でも、そこで諦めてしまって、自分の判断や責任で選んだわけじゃない人生を生きて、思うようにいかないことがあると、その不満や不安を「外」に向けたくなるんじゃないかと思うんです。

――日本社会で本当の意味での「多文化共生」が実現するためのヒントは?

ちゃんへん. 答えはシンプルで、異なるルーツを持つ人たちが、相手が大切にしているものを知り、お互いに尊重し合う態度だと思います。

そのためにはまず、自分と異なる相手に対して偏見ではなく興味を持ち、相手がどんな考え方や価値観を大切にして生きているのかを理解するための努力が必要です。

逆にそれさえできれば、異なるルーツや文化を持つ人たちが助け合ってひとつの社会で生きてゆくことは可能だし、人種や国籍ではなくひとりひとりの実力で勝負できる社会なら、そうした「違い」や「多様性」は、社会全体にとって大きな力になるのではないでしょうか。

●ちゃんへん.
金昌幸(キム・チャンヘン)。1985年生まれ、京都府宇治市出身。中学2年のときにジャグリングに出会い、翌年には米国のパフォーマンスコンテストで優勝。「大道芸ワールドカップ2002」では出場者中最年少の17歳ながら人気投票1位。高校卒業後は海外で本格的にプロパフォーマーとして活動し、世界82の国と地域で公演。2009年からは活動の拠点を日本に置き、現在は国内外で年間200を数えるショーや講演活動を行なっている。

○ちゃんへん.によるジャグリングショー&トークイベント
10月17日(土)14時〜16時45分。会場=ドーンセンター(大阪府立男女共同参画・青少年センター)1階パフォーマンススペース。料金=3500円(参加費1520円+書籍『ぼくは挑戦人』1980円)、トークイベントのみ参加の場合は2000円(いずれも当日は料金500円増)。定員80人。要予約・事前購入制。問い合わせ先=隆祥館書店 TEL06−6768−1023

■『ぼくは挑戦人』
(ホーム社 1800円+税)
ジャグリングのプロパフォーマーとして世界で活躍する著者。在日コリアンとして生まれ、小学生のときに同級生からのいじめに遭い、それ以来、自分のアイデンティティをめぐって、多くの悩み、葛藤、戸惑い、疑問と向き合ってきた。そうしたなかでのジャグリングとの出会い、世界的プロパフォーマーとしての活動、ルーツを巡る旅など、自身の半生をつづる
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取材・文/川喜田 研

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