『魁!!男塾』35周年! 漫画家・宮下あきらに訊くデビューからフェラーリまで「漫画なんて理屈抜き、とにかく読者に面白いと言ってもらえればいい」

愛器、フェンダーのストラトを弾く宮下先生

今なお男たちのバイブルとして深く胸に刻み込まれている、漫画家・宮下あきら氏の代表作『魁!!男塾』(さきがけおとこじゅく)。

『週刊少年ジャンプ』での連載開始から35周年を記念して行なわれた今回のインタビューでは、破天荒なアイデアやキャラクターなど『男塾』という作品について語っていただいた前編に続き、後編は宮下氏自身に関する話を。

漫画家デビューの経緯から、作家としての信条、そして今年8月に話題となった「フェラーリ事件」についても聞いた。

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――『男塾』についてだけでなく先生ご自身の話もお伺いしたいのですが、先生は小さい頃から漫画家志望だったんですか?

宮下 いや、全然。ジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)好きなロック少年だったからね。で、20代前半にキャバレーのバンドマンになって、ギターを弾いてたんだ。

――キャバレーのバンドマン?

宮下 そう。70年代はどこのキャバレーにも大体、お抱えのバンドがいてBGMを演奏してたんだよね。でも、店に遊びにくるお客さんは音楽になんて興味なくてオレたちの演奏なんて聴いてないし、マネージャーはコワいスジモンだし、おネエちゃんもワケありばかりだし、そんなのが段々イヤになっちゃって。

で、別の仕事を考えた時、思い浮かんだのが漫画家。学生時代、漫画を描いてたんだよ。

――昔から絵がうまかったんですね。

宮下 まあ、全部落ちちゃったけど本気で美大を目指してたしね。それで頑張って作品を描きあげて、出版社に持ち込んだの。

――どんな漫画だったんですか?

宮下 SFモノ。手塚(治虫)先生の影響を受けたみたいな、くだらねー内容だったけどね。でも、そうしたら高橋よしひろ先生を紹介してもらってアシスタントになったんだ。当時、先生は『悪たれ巨人』と『白い戦士ヤマト』をやってて。

――そこから漫画家の道を本格的に......。

宮下 そうだね。高橋先生は作品を早く、また丁寧に仕上げていくんだ。そのスピード感と漫画のテクニックは勉強になったね。しかも毎日、楽しく仕事させてもらって。週刊連載ができるようになったのは高橋先生のおかげだね。

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――ウワサでは、その『白い戦士ヤマト』で闘犬場のシーンの観客(いわゆるモブ)をアシスタントだった宮下先生が描いたら、ヤクザばっかりになって怒られたそうですけど、本当なんですか?

宮下 本当、本当(笑)。ひとりひとり面白くしようとしたらそうなっちゃっただけで、別にヤクザを描いたわけじゃないんだよ。でも担当編集者に「もう宮下には描かせるな!」って言われたよ(笑)。

――先生の漫画の原体験は何だったんですか?

宮下 ガキの頃読んでいたのは、横山光輝先生の『鉄人28号』や白土三平先生の忍者漫画。でも、一番影響を受けたのは本宮ひろ志先生かな。大人になって読んだ『硬派!銀次郎』は衝撃だったね。あんな漫画を描きたいと本気で思ったもの。

――本宮先生の漫画のどこに影響を受けたんですか?

宮下 人間味とか男気だよね。それまで読んでいた漫画は、物語としての面白さに惹かれてたと思う。でも本宮先生のは、心にビシビシとくるものがあった。その上、ケンカのシーンなんてキャラが全員むき出しで生々しいから、絵としても引き込まれちゃうし。

――先生も学生時代は、本宮先生の漫画の主人公みたいにケンカとかしてたんですか?

宮下 根っからのロック少年だったし、そういうのはなかったね。でも、だからこそ逆に本宮先生の男らしい世界に惹かれたんだろうね。

あと、先生の漫画は大河的でね。遠くまで見据えて描かれているから人生そのものが描かれているんだ。そこにも憧れたな。オレの漫画は描き方も含め、読切的なんだよ。

――高橋よしひろ先生は、本宮先生のアシスタントをされていたんですよね。宮下先生は高橋先生の「弟子」で、本宮先生の「孫弟子」と言っていいんですか。

宮下 まぁそうだね。当時、高橋先生は本宮先生の仕事場の一角で仕事してさ。俺たちアシスタントも一緒にいた。楽しかったよ。

――『私立極道高校』は、本宮先生に褒められたと聞きました。

宮下 そうなんだよ! あの時は本当にうれしかったね。あんときのうれしさで、今でも漫画を描いていられてるってのはあるよ。

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――あと、もうひとつ伺いたいことが......。今年の8月に、先生がフェラーリの詐欺事件にあったというニュースが出ました。

宮下 おお、あったね。

――フェラーリの売却を持ちかけられ、車を預けたら一部しか入金されず、告訴していたっていう。

宮下 アレさ、もう5年も前の話なんだよ。オレにしたら「何でいまさら」って感じなんだけどな。

相手ってのは、もともと修理屋で10年以上の付き合いだったし、「修理するので預かる」っていうから鍵を渡しちゃったの。そしたら持っていかれちゃった。別に、金に困って売却しようとしたとかじゃないんだよ。

――そうだったんですね。フェラーリの車種は何だったんですか?

宮下 365GT4BB(ベルリネッタ・ボクサー)。ビンテージモデルで、今じゃかなり高値がついてるみたいよ。

――もう戻ってこないんですか?

宮下 無理だろうなぁ。あっちの業界では「溶かす」って言うんだけど、バラバラにしてヨーロッパに持って行かれたみたい。でももう昔の話だしさ、オレもバカだったんだよ。

『天より高く』第172話に登場する、総理大臣のクルマ365GT4BB。先生の愛車だった(?Akira Miyashita1999)

――今もクルマは乗っているんですよね。

宮下 うん。ベンツのゲレンデとランボルギーニ・ガヤルド。昔の漫画家は金ができると使い方知らねーから、みんなクルマ買ってさ(笑)。オレも当時からずっとクルマは好きなんだよね。そういえば『ポルシェ宮下』なんて漫画も描いてたな(笑)。

――『男塾』に話を戻すと、1991年に『週刊少年ジャンプ』で連載が終了した後も、続編の『暁!男塾 青年よ大志を抱け』(2001〜2010年)などをお描きになり、最近は作画を別の漫画家さんに託してのスピンオフ作品『男塾外伝』シリーズが発表されています。今なお世界は広がっていますね。

宮下 うん。オレはやるだけやったし、今は好きな人がやってくれればいいかなって。

――改めて先生の漫画家としての信条は?

宮下 やっぱり読者に面白いと言ってもらうことだね。19ページくらいの紙で、どこにもない自分だけの世界を作ってさ。それで誰かをワクワクさせたり、泣かせたり、感動させたり。理屈とかどうでもいいから、それができれば十分だね。

――最後に今後の展望を教えてください。

宮下 今、みんなが驚くような計画を考えてるんですよ。まだ言えないけど、それは期待して欲しいね。あとは「また、こんなことやってるよ!」って思われてもいいからさ、まだまだ楽しい作品を見せていきたいね。

■宮下あきら(みやした・あきら)
1953年10月8日生まれ、東京都出身。高橋よしひろのアシスタントを経て、1979年『週刊少年ジャンプ』で『私立極道高校』を連載開始。1985年に『魁!!男塾』を連載開始し大ヒットとなる。他代表作に『激!!極虎一家』『ボギーTHE GREAT』『天より高く』など

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取材・文/大野智己 撮影/グレート・ザ!歌舞伎町

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