ルーツは甲賀流? 各界の大物アスリートも癒やした“忍者マッサージ”とは…

ルーツは甲賀流? 各界の大物アスリートも癒やした“忍者マッサージ”とは…

甲賀流忍術の流れをくむ忍者マッサージの使い手のひとり、芳原雅司氏。その施術には想像を絶するものが…

戦国時代、常人離れした身体能力で乱世を暗躍した忍者たち――。

ときにスパイや暗殺者として忍び働きをしていたとされる彼らの素性は知れず、体得した忍術も表に出ることはなかった。現代に伝わる話の多くはフィクションの世界である。

だが古くから伝わる、ある甲賀流忍術をリアルに“飯のタネ”にしている人物が東京・新宿区の外れにいる。その人が芳原雅司(よしはら・まさし、45歳)氏だ。

外見は大胸筋と上腕筋が隆起するガチムチ系で、道なき道を軽やかに跳びはねる忍者とはかけ離れた印象だが、芳原氏が繰り出す忍術とは果たして…?

「忍者マッサージです。少量の日本酒をつけた指先で指圧を行なうことで筋肉の障害や外傷、肩こりや腰痛などを改善することから“酒マッサージ”とも言われます」

忍者マッサージ…?

「ルーツは甲賀流忍術14世であった藤田西湖(せいこ)氏の存在にまで遡(さかのぼ)ります。藤田氏は幼少時より家伝の忍術を数々の修行を経て継承し、その能力と技術を諜報活動に使っていたことから“最後の忍者”とも呼ばれている人物です。

戦時中、防諜などの秘密戦に関する訓練を施していた大日本帝国陸軍で『陸軍中野学校』の教官として忍術や武術の指導に当たっていました。そこに小山田秀雄という青年が入学し、藤田氏から酒マッサージなるものを教わりました。小山田氏は終戦後、治療家として日本各地を転々と渡り歩くことになります。

私の師匠にあたる右近克敏(うこん・かつとし)先生はその助手をしながら治療法を覚え、20代で名古屋に千代田治療院を開業。アントニオ猪木さんをはじめ数多くのプロレスラーや当時活躍していた中日ドラゴンズの投手、山本昌さんや今中慎二さんらの治療に当たっていました」

そう話す芳原氏も元々、実業団のレスリングの選手だったが、会社の方針で廃部となったのを機に治療家を志し、指圧師やハリ師を養成する名古屋市内の専門学校に入学。その外部講師として指導に来ていたのが右近氏だったという。

「私は専門学校に通いながら地元・岐阜県の高校のレスリング部でコーチ兼トレーナーを務めていました。選手に学校で教わった施術を行なうと、一時的に気持ちよくさせたり、疲労を和らげることはできても、筋肉や関節のケガの痛みまでは取ってあげられなかった。それが当時の悩みで…。

そんな時、右近先生の初めての授業でビデオを見せられたんです。それはアントニオ猪木さんの腰痛や今中投手のヒジを酒マッサージで治療している映像でした。筋肉疲労だけでなくケガの痛みをとるための治療法という話で、施術が終わると猪木さんも今中投手もケロッとした顔で帰っていく。『これだ!』と思い、その場で弟子入りを志願しました」

その後、専門学校を卒業し、右近氏の元で7年間の修行を積んで酒マッサージを体得。01年からは中京女子大レスリング部のトレーナーとして日本代表の伊調馨、吉田沙保里らのボディメンテナンスも担当し、両選手のアテネ五輪金メダル獲得に貢献した。

「吉田選手からアテネに旅立つ前に『芳原先生、ありがとうございます。もう大丈夫です』と言葉をかけられ、その数日後に彼女は世界の頂点に立ちました。しびれましたね。酒マッサージの効果を信じて苦労してきたことが報われたと思いました」

そして06年、新宿区上落合に「芳原指圧治療院」を開院し、現在に至る。

記者が忍者マッサージの噂を聞きつけてやって来たのは、慢性化している右足の股関節痛の治療を受けるため。原因は趣味でやっているフットサルによるスポーツ障害で、先日、ボールを蹴った際にも再発。痛みを抱えたまま、取材も兼ねて訪れたのだった――。

―先生、今日はよろしくお願いします!

芳原「症状はどんな感じですか?」

―フットサルで右足の股関節を痛めました。あと、痛みをかばってプレーし続けたのが悪かったのか、左太ももの前側の筋肉も触ったら結構痛みがあって…。

芳原「じゃあ、日本酒で取っちゃいましょう。施術台に仰向けになってください」

と、奥の部屋から持ってきたお酒が岐阜の地酒『飛騨 蓬莱(ほうらい)』。2016年・全国酒類コンクールの純米吟醸部門で第一位に輝いた銘酒だ。

―やっぱり、特別なお酒が必要なんですか?

芳原「いや、ワンカップ大関でも料理酒でも大丈夫。ただ、醸造アルコールを添加せず、米と米こうじと水だけで造った純米酒がより効果的です」

そう言って、お猪口に『蓬莱』を注ぎ、右手の指をピチャピチャと浸しはじめる。次の瞬間、『じゃあ始めましょうか』と、こちらにギョロリと向けてきた目がギラつき、別人のように見えたのは気のせいだろうか。これはもしや…?

?

―あの〜、事前に知っておきたいんですが、忍者マッサージって痛いんですか?

?

芳原「指圧治療学の学祖、浪越徳治郎(なみこし・とくじろう)先生が遺した、『指圧の心は母心。押せば命の泉湧く』っていう有名な言葉がありますが…」

?

―名言ですね! 何より、なんか優しそうな感じでホッとしましたよ。

?

芳原「いや、僕らの治療は真反対です。例えるなら、母心ではなく“鬼心”。押せば、初診の人だと…まぁ、とりあえず始めましょうか。まずは、忍者指のひとつ、“把握”です」

?

“把握”とは、主に親指と人差し指の2本の指でモノを掴む時の指の型で…。

芳原「忍者が天井に指だけでぶら下がる時や、敵の喉を潰す時に使っていたようです」

―ひぃぃぃぃぃぃ!

っと、身構える記者を無表情に見下ろしながら、芳原氏が股関節をグリッと“把握”した。

―ぎええええええええええええええええっ!

言葉では表現しようのない激痛が走る。

カメラマン「押せば獣のような声が出た(笑)。それにしても、イッタそ〜」

芳原「股関節の調整は一番痛いんです」

―痛たたたたたたたっ! ハァハァ、スミマセン、マジでご免な…ぎえええええっ!

表の通行人にまで聞こえんばかりの悶絶の声。

カメラマン「こんなに身悶えられちゃ、ブレブレで写真が撮れないよ…」

芳原「大丈夫。あと15秒ほどすれば、痛みは徐々に和らいでいくはずですから」

その言葉通り、指圧の力は一定なのに、不思議と痛みはスーッと引いていくのだった。

―こ、これは…?

芳原「ツボに強い刺激を与えると血行が促進され、関節や筋肉に酸素と栄養分が行きわたる。これが痛みの軽減につながります。指圧治療とはそういうものです」

―じゃあ、日本酒はなんのために使っているんですか?

芳原「指圧治療の効果をより高めるためのもの。日本酒には収縮した血管を拡張して血行を促進したり、余分な熱を取り除く消炎作用に優れています。実際、日本酒を患部に塗り、数秒ほどさすっていると、コリコリとした触感の小さな塊が浮き上がってきて、さらに刺激を与えるとその塊がスーッと消えていき、患部の痛みも和らぎます」

これはあくまで芳原氏の感覚で、もちろんその効果には個人差もあるが、記者の場合、股関節はまだ若干の痛みが残っているものの、施術前に比べれば、随分とラクに歩けるようになっていた。

「現在もスポーツトレーナーの最前線で主流になっているアイシングというのは、患部を冷やし、血管を細くして充血を押さえることでそれ以上痛みを悪化させないという西洋医学の考え方。我々から見れば“消極的な治療法”とも言えますが、酒マッサージはその逆で、日本酒を使って積極的に痛みを取りにいきます」

その積極的な治療法を求めて、過去にはこんなアスリートもいたという。

「トレーナーの言われた通りに軽いトレーニングとアイシングを繰り返してはいるものの、痛みが抜けずに『全然、次の段階に進めない』というプロのスポーツ選手がお忍びでやってくることもあります。中には『この施術をマスターしてくれ』と、クラブチームのトレーナーを連れてくるJリーガーもいました」

芳原氏は、酒マッサージの施術効果に「エビデンス(科学的根拠)はない」というが、「かつて忍者がそうであったように、右近先生も私も“酒が効く”ということを経験則として知っているからこそ、この施術を受け継いできた」と話す。

右近氏は数年前に他界したが、酒マッサージの使い手は芳原氏の他に数名いるそうだ。

「共に修行した私の兄弟弟子で、ひとりはプロ野球チーム、もうひとりがプロレス団体のトレーナーを務めています。今年、WBCで優勝したアメリカ代表のトレーナーをやっていた日本人も酒マッサージの使い手です」

甲賀流忍者の末裔から受け継がれ、今も数々のトップアスリートたちのボディメンテナンスに活用されている忍者マッサージ。しかし、施術中のあの痛みを思い出すと…。

芳原「あ、まだ左の太腿の痛みが残っていましたね。日本酒で取っちゃいましょう」

―ひぃぃぃぃぃっ!

芳原「大丈夫。慣れてしまえば、この痛みをガマンするのが好きになりますから。アントニオ猪木さんも中日の選手たちもそうでした」

といって、患部をグリッと“把握”されると、この日、2度目の悶絶。だが、しばらくするとやはり患部の痛みは波が引くように和らぎ、心地よくも感じられるのだった。忍者マッサージを愛したアスリートたちはもしかすると、この痛みの直後に訪れる“快楽”の虜(とりこ)にもなっていたのだろうか…。

治療院からの帰りに駅まで歩くと、やはり両脚の患部の痛みは施術前より軽くなっているように感じられた。1回の施術料は6千円〜とやや高めではあるが、記者の場合、「あと2、3回、忍者マッサージをすれば痛みは完全に消えるはず」ということで近々、二度目の施術に行くつもりでいる。

(取材・文/興山英雄)

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