ホワイト企業の先達から学び、自らホワイト企業に! 社長も給料も皆で決める“非常識な経営”とは

ホワイト企業の先達から学び、自らホワイト企業に! 社長も給料も皆で決める“非常識な経営”とは

ダイヤモンドメディアの武井浩三社長(32歳)

自分の給料はみんなで、働く場所と時間は自分で、社長は選挙で決める。そして全社員の給料と財務情報は全てオープン、――。

そんな斬新な経営で注目を集めている不動産業界のITベンチャー、ダイヤモンドメディア(東京港区)。2007年の会社設立以来、武井浩三社長がこだわってきたのは「あらゆる情報を透明化し、社内に“情報格差”をつくらない」ことだった(前編記事参照)。

その理念は事業にも反映され、独自に開発した不動産管理システム『セントラルLMS』といった主力サービスは「情報格差をなくし、誠実な会社がきちんと儲かる仕組みに変える」とのコンセプトから生まれ、現在、業界内で高く評価されている(中編記事参照)。

では、その武井社長とは一体、どんな人物なのか?

1983年、横浜生まれ。元々はミュージシャン志望で小学校の頃からメジャーデビューを夢見ていた。高校卒業後、2年間は米・ロサンゼルスの音楽大学に留学もした。ミュージシャンとしてのピークは帰国後、23歳の時にやってくる。「大手レコード会社から1枚、CDを出した」…が、それ以上は進めなかった。

武井社長のもうひとつの顔が、経営者志向が強かったこと。その萌芽は帰国後、すぐに表れる。といっても、「ミュージシャンをやりながらバイトはしたくなかったから、会社を作ろうと思った」というレベルで、今から思えば「考えが甘かった」。

2006年には22歳で高校時代の友人4人と起業。当時はネット通販が常識になり始めた時代、そこで目を付けたのがアパレルショップだった。

「ネットで服を買う時、人は商品単位でお気に入りの服を選びます。でも街中の洋服屋はほとんどセレクトショップで、店側が提案するコーディネートやおしゃれな着こなし方といったところに価値がある。それって商品単位で販売するネットショップでは表現できないと思った。じゃあ、地場の小さなセレクトショップさんたちが自分たちのテイストとかコーデを伝えられるメディアを作ればいいじゃないかと」

そうやって考えついた構想に「理屈では面白そうと思ったし、面白そうじゃんと周りからも言われて」自信を得ると、貯金と借金をつぎ込んで業務委託でシステムを開発、当時、他にはなかったアパレル業界のネットメディアを稼働させた。

1年ほどサイトを運営したころで掲載店舗数は1千近く、月間PV数は30万PVまで伸びた。だが、その内実は「とにかくPV数を伸ばせ! 店数を集めろ!」といった足下を見ないイケイケドンドン経営で、当初、有料にしていたショップの掲載枠は無料開放に。結果、「アクセスは伸びてきたけどお金がなくなり、収益化のメドも全く立たず、“もうアカン!”となって会社を閉じるしかなくなった」という。

「“面白そう”と思ったのは単なる自己マンで、実際にアパレルショップの人たちがそこにお金を投資してくれるかって、全然しない。世の中を甘く見ていた」と反省したはいいが、その時点で積み上がった借金は1千万円近くに達していたという。

「返すあてもない巨額の借金が恐怖でしかなかった。人の目を見て話せないくらいに自信を喪失し、本当に苦しくて。体中にブツブツもできて、死ぬほどつらかった…」

23歳にして、どん底。だが、事業の着眼点自体は悪くなかったのかもしれない。いや、武井社長は“持っている人”だったというべきか。1年間運営したメディアに興味を持ってくれた会社が現れ、なんと1千万円で売却、借金も完済できた。だが、その後しばらくはこんな罪悪感に苛(さいな)まれることになる。

「創業メンバーの友人は、ひとりは大学を中退し、もうひとりは大手電機メーカーを辞めてまで手伝ってくれた。彼らは青春を共にした仲間で両親とも顔見知り。そんな友達の人生をボクはめちゃくちゃにしてしまったんです。それが何よりも辛かった」

そんな時、横浜で町工場を営む父親の言葉が刺さった。「仕事は命よりも重いんだ」ーー。すると、自身が目指すべき会社像がボンヤリと形を帯び、腹をくくる。

「1年で会社をダメにして、結局、オレは何をしたかったんだろうと…。アパレル業界で働く人たちのためにと勇んでメディアを立ち上げたはいいけど、考えてみれば、お客様に価値を提供するなんてことはお金をいただいてるのだから当たり前のことで。一緒に仕事をしている仲間やその家族もひっくるめて幸せにしないと、会社として存続する意味はない。そういう会社をもう一度作ろうと決めました」

そして、先の会社を売却後、半年経ってダイヤモンドメディアを設立。創業メンバーは武井社長を含めて数名。ITエンジニアが2、3人いて、ホームページ制作からシステム開発、SEO対策、コンサルティング、電話相談まで「ウェブのことならなんでもやります」といった便利屋のようなポジションであらゆる仕事を引き受けた。

「最初の5年間はビジネスモデルも主力サービスもなく、ただただ“いい会社”を作ろうと組織づくりのことばかりを考えていた」という武井社長はこの時期、「そもそも経営って?」「働くってなんだ?」という会社組織の根本まで目線を落とし、経営学、心理学、生物科学などあらゆる本を読み漁(あさ)った。

「昆虫に目を向けると、アリはその群れの中で2割が働かずに遊んでいます。しかし、この2割がイノベーションを起こすんです。新たなえさ場を見つけたり、えさ場までの近道を開拓したり。これを会社組織に当てはめれば、イノベーションとは偶発性だから遊びがないとそれは生まれない。遊びを許せる評価制度がないと働いている人は安心して遊べません。

一方、オオカミなどは群れの中でヒエラルキーを作ります。なぜかって、生存確率が高まるから。会社組織でもそれは当てはまり、アナログな環境下ではヒエラルキー型組織が最も伝達効率の高い情報共有の方法となります。学校の連絡網を思い浮かべてもらうとわかりやすいと思うのですが、そのトップや上層部にマイナス影響をもたらす人がいれば、それは末端まで波及しやすい。これがヒエラルキー型組織の構造的危うさでもあります」

こうやって本から得た情報を自分のフィルターに通し、理想の会社像を具体化していく。他方、手本になる会社はないかと未来工業、日本レーザー、伊那食品、メガネ21といったホワイト企業として名高い会社の企業研究にも没頭。その中で、特に目を引いた会社がブラジルにあった。

ブラジル人学生の「就職したい企業No.1」にも選ばれたことのあるセムコ社だ。2代目経営者のリカルド・セムラーは、倒産の恐れさえある小規模メーカーだった同社を若干21歳で父親から引き継ぎ、立て直して世界的企業に成長させた。その著書『奇跡の経営』を読み、「これだ!」と感じた。

「セムコ社の特徴を挙げると、組織階層がない、組織図がない、決まったCEOもいない。ビジネスプラン、企業戦略も持たない。社員は働きたい時に働く、休みたい時に休む。会社は社員を自己管理ができる自律した大人と捉えているから、監視、監督したり、管理することもない。給与も社員が自己申告で決める…。

セムコ社の社員にとって、会社は疲れる場所ではなく、活力をもらう場所になっている。ボクはそこに“社員全員を幸せにする”理想の会社像をハッキリと見ました」

その『奇跡の経営』を読んだ2008年、セムコ社の従業員数は約3千人だった。大規模なだけに、社員に自由を与えるその組織運営は社内すべてにいきわたっているわけではなかったという。そこで、武井社長は決心した。「当時、ウチは5、6人の会社だったので、セムラー流の経営を“純度100%”でやってやろう」と。

とはいえ、ここから始まる組織作りはセムコ社をコピーしたものではない。

「これがよさそう」と思った制度を取り入れ、うまくいかなかった場合は別の形に変えるというトライ&エラーを繰り返し、現在の会社を形作っていった。例えば、こういった具合である。

「最初は会社を民主主義にしたかった。だから、新規事業も給与の仕組みもなんでもかんでも多数決で決めていたんです。でも、これを繰り返していると社内の意思決定は遅くなり、社員同士がお互いの顔色を窺うようになって職場の雰囲気が悪くなり、次第に業績も落ちていった。なんでだ?と突き詰めて考えていくと、多数決ってマジョリティをとってマイノリティーを切る仕組みだということに気がついたんです。

組織運営にリーダーシップは欠かせません。正解が見えない中で組織として進むべき道を指し示し、未来に旗を立てるリーダーの決断というのは必然的にマイノリティーなんです。それを多数決で決めちゃうとリーダーシップは弱まり、組織は弱体化する。政治の腐敗がまさにこの構図でしょう。だからウチの会社では多数決は一切しないということに決めました」

そう話す武井社長が貫いてきたのは、社内の様々な意思決定が一個人にひもづかないフラットな組織作り。とはいえ、新規事業の立ち上げなど重要な経営判断を迫られた場面ではやはり、社長のリーダーシップが発動する。同社が主力にする不動産会社向けのITサービスを立ち上げた際もそうだった。

「事業構想を考える際、ITを活用して情報格差をなくし『真っ当な会社がちゃんと儲かる仕組みを作る』という視点はボクの中では大きな要素となります。そこで自分なりに引っ掛かったのがEC(イーコマース)業界、求人業界、不動産業界。さらに調べていくと、不動産業界が最も情報格差が生じやすい構造になっていることがわかりました」

こうと決まれば動くのも早い。

「自分で営業用の資料を作り、テレアポから飛び込み営業、関係者向けのセミナーまで、やれることはなんでもやりました。契約が取れそうな不動産会社には、オフィスに行って半日業務を手伝わせてもらったり…。もちろん、社内でのミーティングも密にやって、営業先で得た情報をフィードバックしては社員みんなであれやこれやと揉んでもらい、品質をどんどん向上させていきます」

こうして製品化にこぎつけたのが『ダイヤモンドテール』や『OwnerBox』、『Centrl(セントラル)LMS』ーーいずれも、不動産業界の常識を覆すサービスとして注目度が高まっている。

上司も部下もなく、給与は社員全員で決め、働く時間と場所は社員自身が選べるという“非常識な経営”を貫くダイヤモンドメディア。そこで働く魅力は、ある社員が語ってくれたこんな話に集約されている気がした。

「この会社で働くことを苦痛に感じたり、職場で憂鬱になったことは今まで一度もありません。私もそうですが、たぶん、ウチの会社で日曜の夜に“サザエさん症候群”に陥る人はひとりもいないと思います」

働き方改革が叫ばれる昨今、ダイヤモンドメディアという会社のカタチはひとつの手本になるのかもしれない。

(取材・文/興山英雄)

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