免疫学の権威が徹底解説する、ワクチンより期待できる「コロナ善玉抗体」とは何か?

アメリカでも接種が始まったワクチンの有効性は? 副反応のリスクをどう考えればいいのか?

新型コロナと戦うには免疫の仕組みを知ることが大事だという。なぜ無症状の感染者がいるのか? 重症化のメカニズムは? 日本でも今年春に接種が始まるとされるワクチンの有効性は? そして、アメリカで緊急使用許可が出た「人工抗体」は"夢の新薬"なのか?

大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授に、最新の免疫学から現時点でわかっていることを答えてもらった!

■「免疫のアラーム」をすり抜けるウイルス

――日本国内で新型コロナウイルスの感染者が初めて確認されてから、まもなく1年がたとうとしています。宮坂先生の新刊『新型コロナ 7つの謎 最新免疫学からわかった病原体の正体』(講談社ブルーバックス)を読んで、いまだにわからないことも多い新型コロナ感染症を理解するには、人間の「免疫」の仕組みについて知ることが大事だと感じました。

宮坂昌之(以下、宮坂) 人間の免疫システムは生まれながらに備わっている「自然免疫」と、ウイルス感染やワクチン接種によってできる「獲得免疫」という二段構えの仕組みになっていて、新型コロナの特徴を知り、治療法や予防法を考える上でも、このウイルスと免疫の関わりを理解することは重要です。

例えば、新型コロナは感染しても無症状や軽症の人が多いのに、一部の人では急激に重症化し、時には死に至る場合もあるという厄介な特徴がありますが、これにも免疫が深く関係しています。

――どういうことでしょう?

宮坂 自然免疫の仕組みでは、細胞がウイルスに感染すると最初に「T型インターフェロン」という抗ウイルス活性を持つ物質が作られます。サイトカイン(細胞間の情報伝達を担うタンパク質)の一種で、これが周囲の細胞にも働きかけることでウイルス防御に必要な反応を引き起こします。

私たちが風邪をひくと、くしゃみやせき、鼻水が出たり、発熱といった症状が出ますよね。あれも実は細菌やウイルスの増殖を防ぎ、体外に排出する自然免疫の働きのひとつで、ウイルスが侵入した際にはT型インターフェロンがこうした反応を引き起こす、一種の「アラーム」のような役割を果たしているのです。

ところが新型コロナは、T型インターフェロンを作る機能を抑えてしまいます。インフルエンザウイルスなど、ほかのウイルスにもそうした抑制のメカニズムがあるのですが、新型コロナはそれがとても強い。

さらに、重症化する人の1割ほどではT型インターフェロンに対する抗体まで作ることがわかってきました。つまり、自分の抗体がT型インターフェロンの働きを抑えてしまうのです。

――新型コロナは、「免疫のアラーム」をすり抜け、体内への忍び込み方の上手なウイルスだということですね。

宮坂 そうです。感染してもあまり症状が出ないことが多く、そのため無症状の人から排出されたウイルスが、ほかの人に感染するリスクがあるのです。

一方で重症化する患者さんの場合は、体内で知らず知らずのうちに新型コロナのウイルスが増殖し、ある程度増えたところで体が「これはえらいこっちゃ」と炎症性のサイトカインをたくさん作ることで、「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫細胞の暴走を引き起こしてしまうと考えられます。

このようにT型インターフェロンがうまく働いていないことが、この病気の重要なポイントのひとつなのです。

宮坂昌之教授

■日本人は自然免疫が訓練されている?

――無症状や軽症で済む人と、重症化する人とでは何が違うのでしょう?

宮坂 それには自然免疫の強さが大きく関係しているのではないかと考えています。

T型インターフェロンは自然免疫が作る代表的なサイトカインですが、体には同様の物質がほかに何種類もあり、T型インターフェロンの働きが抑えられても、それを補うシステムがあります。自然免疫がうまく働いている子供や若い健康な人はその仕組みが強く、重症化が起こりにくいと考えられるのです。

――日本人、アジア人は重症化のリスクが低いといわれますが、それも免疫が関係しているのでしょうか?

宮坂 そのひとつに「BCG仮説」があります。幼児からBCGワクチンを接種している国は重症化率が低いというものです。いくつか例外はあるものの、その傾向はデータからも明らかです。

自然免疫は刺激によってある程度「訓練」できることがわかっているのですが、実は自然免疫を最も効果的に刺激するのがBCGなのです。しかも、一回のBCGで自然免疫を刺激すると、その効果は数ヵ月で下がりますが、その間に別の刺激、例えばウイルス感染を起こしたり、別のワクチンを打つと効果が呼び戻されることもわかってきた。

日本の場合、生まれてから小学校6年までに少なくともBCGも含め10回くらいのワクチンを打つので、それによって自然免疫が刺激されている可能性がある。

つまり、BCGとその後のワクチン接種で自然免疫が訓練され、それが保たれていることが、日本人の重症化例が少ないことと関係があるのではないかと考えています。

また、アメリカなどと比べて、生活習慣病や持病の数が少ないことも大きな要因だと思います。

■接種が始まったワクチンの有効性は?

――ファイザー社やモデルナ社など、欧米の製薬会社が開発した新型コロナのワクチンが完成し、イギリスやアメリカでは接種が始まっています。

宮坂 これまでの報告を見る限り、少なくともファイザー社とモデルナ社のワクチンに関して期待度は高いですね。

ワクチンの有効性が9割以上というのはすごいことで、確かに抗体もできていますし、獲得免疫で重要な役割を果たすT細胞も刺激されている。

こんなに短期間に作られたワクチンで、あれほど高い有効性を示すワクチンは過去に例がありません。発症予防効果もそれなりに高いので、有効なワクチンである可能性が高いと思っています。

その一方、免疫学的にはワクチンというのはゼロリスクではありません。例えばどのワクチンでも100万回に1回程度、アナフィラキシーという強いアレルギー反応で生命の危険が起こることがある。

では、そのリスクがものすごく高いかというと、例えば飛行機に乗って事故で死ぬ確率は100万回に数回といわれていて、確率的にはあまり変わりません。

また、ファイザー社が開発した新型コロナのワクチンでも、イギリスでアナフィラキシーの副反応が2例出ましたが、実は日本でアナフィラキシーが最もよく見られるのが学校の給食なんですね。

食物アレルギーでアナフィラキシーが起こるわけですが、その経験者は日本だと小学校、中学校、高校でも1000人に数人いるんです。

――1000人に数人ですから、100万人に換算すると数千人という確率ですね。

宮坂 だから、少なくとも今、一般的に使われているワクチンがアナフィラキシーを引き起こすリスクは、学校給食に比べてもはるかに少ないといえます。

ただし、その背景には長年、改良を重ねながら安全なワクチンにしてきた歴史の積み重ねがある。一方、新型コロナのワクチンは開発からまだ1年足らずですから、正直まだ読めないのも事実。

一般的なワクチンの副反応には、今お話ししたアナフィラキシー以外に、接種して数週間後に現れる脳炎などの神経障害があります。これに関しては、ファイザー社の報告書が出てから2ヵ月ほどなので、まだよくわからない。

もうひとつ、感染した人にワクチンを打つか、あるいはワクチンを打った人が感染した際に「悪い抗体」ができて感染を促進させてしまう「抗体依存性感染増強」(ADE)という副反応があります。

ただ新型コロナのワクチンの臨床試験は、感染歴のない健常者を対象に行なっているので、すでに感染して抗体を持っている人は除外されています。そうすると、その健常者がワクチンを受けて、その後、感染を起こさない限り、副反応としてADEが起きるのか、またその頻度がどの程度なのかもわかりません。

今回のケースだと、約2万人のワクチン被験者の中で、その後に感染した人は8人しかいません。そうすると、仮にADEの起こる頻度が多く見積もって1%だとしてもほぼ見えないでしょう。では実際の頻度が1000人にひとりだとしても、今の臨床試験の数では絶対にADEの副反応の数が見えてきません。

ファイザー社にしてもモデルナ社にしても、よくあれだけの数の被験者を集めたと思いますが、それでもADEのリスクを評価するには臨床例が足りないのは確かです。

■予防薬としても使える「人工抗体」

――日本でも21年春にワクチンの接種が始まるといわれています。ズバリ、ワクチンは打つべきですか?

宮坂 ワクチンにどれくらいのリスクがあるかによって、私は打つか打たないかを決めようと思っています。

先日、毎日新聞の取材を受けて「当面、私は打ちません」と答えたら、これが大騒ぎになっちゃった(笑)。

でも、私は「当面」打たないと言っているのであって、日本にワクチンが入ってくるのは21年の3月以降といわれていますから、それまで数ヵ月も「様子見」をする時間がある。

その間に海外では1000万人、2000万人を超える規模のワクチン接種という壮大な社会実験が行なわれるわけですから、その結果を見て、われわれがこのワクチンを打つべきか否かを判断すればいいと思います。もちろん、これは外国人と日本人のワクチン接種による免疫反応が同じだと仮定した場合の話です。

――「日本はなぜ21年春までワクチンを待たなきゃいけないんだ」と思う人もいるかもしれないけれど、ワクチンの安全性に関する慎重な見極めのための時間を私たちは得ていると考えるべきだと。

宮坂 そのとおりです。それからもうひとつ、今、ワクチン以外で期待が高まっているのが、「モノクローナル抗体」と呼ばれる人工抗体です。

これは新型コロナに感染して回復した人から、このウイルスに有効な「中和抗体」(ウイルスや細菌に感染した場合に作られる抗体の中で、病原性を抑える作用のある抗体のこと)を持つ人を探し出し、その人のBリンパ球の遺伝子をクローン技術で永久に増え続ける細胞に組み込んで、試験管の中で中和抗体を無限に作るという試みです。

――新型コロナに効果のある「善玉抗体」だけを選んで、抗体工場を作っちゃうようなイメージですね。

宮坂 そういうことです。アメリカのイーライリリー社が開発し、すでにアメリカ食品医薬品局(FDA)は11月に緊急使用認可を出しています。

実は新型コロナに感染したトランプ大統領も、これとは別の会社のものですが、人工抗体による治療を受けています。彼はわずか3日で退院しましたが、論文によると、動物を新型コロナに感染させてから、その抗体を打つと2、3日で体内のウイルス量が100分の1とか1000分の1に減ることがわかっています。

――トランプ大統領の体内にいた新型コロナウイルスを、人工抗体が3日であっという間に殺してしまったと。

宮坂 ただし、抗体というのは細胞の中に入れないので細胞の外にいるウイルスしか殺せません。しかし、最初に抗体を打ってウイルス量をドーンと減らせば、今度は免疫が追いついてきて、感染した細胞の中のウイルスをキラーT細胞が殺してくれる。

トランプ大統領が3日で退院したときに「PCRで陰性になりましたか?」と記者に聞かれても答えなかったのは、おそらくあの時点ではウイルスが細胞内に残っていたからでしょう。

彼は1週間たって、「陰性になった」と言ったわけですが、それはウイルス量が減った後に、自分の免疫が働いてウイルスがゼロになったからだと思います。

――コロナ善玉抗体は、大きなブレイクスルーをもたらす"夢の新薬"として期待できますか?

宮坂 ウイルスを短期間に減らすことができるので、適切なタイミングで打てば重症化を防げると考えられますし、治療薬としてだけでなく予防薬としても、ワクチンより先に効く可能性があります。

例えば感染が拡大している地域に出張することになっても、この抗体を打っておけば、おそらく4週間感染しないので、一種の「免疫パスポート」になるかもしれない。

――実用化に向けて課題はないのでしょうか?

宮坂 今はまだ非常に高価で、トランプ大統領に使った量は何千万円といわれています。ただし大量生産ができるようになれば、今後1年以内には現実的な価格になる可能性があります。副反応についても、現時点ではワクチンと同じ、それより少ないぐらいのリスクだと考えていいと思います。

●宮坂昌之(みやさか・まさゆき)
大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授。1947年生まれ、長野県出身。京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。スイス・バーゼル免疫学研究所などを経て、大阪大学大学院医学系研究科教授などを歴任。著者に『免疫力を強くする』(講談社ブルーバックス)などがある

■『新型コロナ 7つの謎 最新免疫学からわかった病原体の正体』
(講談社ブルーバックス 1000円+税)
風邪ウイルスがなぜパンデミックを引き起こしたのか、ウイルスはどのようにして感染・増殖していくのか、なぜ症状に個人差があるのか、なぜ獲得免疫のない日本人の多くが感染を免れたのか、免疫の暴走はなぜ起こるのかなど、日本を騒がす風説を一刀両断し、得体の知れない新型ウイルスの謎に免疫学者が迫る
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取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社

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