歯の寿命は先進国でも最低クラス! 日本で軽視される予防歯科の“やってられない”現実と歯科衛生士不足

歯の寿命は先進国でも最低クラス! 日本で軽視される予防歯科の“やってられない”現実と歯科衛生士不足

大月デンタルケアの大月晃院長。「患者さんの本当の利益を考えれば、治療より予防が大切なんです」

埼玉県富士見市にある『医療法人満月会 大月デンタルケア』が他の歯科医院と違うのは、歯を削る治療より、歯を削らずに保存する予防を軸にしている点にある(前回記事参照)。

予防歯科の重要性は国も認めていて、厚生労働省は『80歳になっても20本以上の歯を保つ』ことを目指す“8020運動”を1989年から続けている。人間の歯の本数は30本、親知らずを除けば28本だが、厚労省は入れ歯ナシにほとんどの物を食べられる目安を20本とし、高齢者の口腔ケアを推進してきた。

では、約30年を経た今、“8020運動”の効果は出ているのか? 大月デンタルケアの大月晃院長がこう話す。

「全く効果が出ていないというわけではありませんが、日本では80歳以上の人の約半数が総入れ歯です。予防歯科の先進国・スウェーデンでは80歳以上の方の歯の欠損は平均3本程度。日本は歯の寿命という点でいえば、先進国でも最低クラスです」

前回、詳しく伝えたところだが、日本はコンビニの数より歯科医院の数のほうが多い国だ。歯医者が多ければ国民の歯の寿命は伸びそうなものだが…?

「日本では削る、詰める、抜く…治療型の歯科医院が大半で、医師も患者もそれが当然と思っています。しかし、その治療は応急処置でしかなく、歯を削ればそこにできた段差にむし歯ができやすくなる傾向もあり、根本的な治療にはなりません」

一方、他の先進国では予防型の歯科医療が主流になっているのだという。

「歯科予防は3ヵ月〜半年に1回ペースで、虫歯の有無に関わらず定期的に歯科医院に通ってもらうことが前提。なので、歯が痛くなる前に歯医者に行くのが普通です。そこでは歯科衛生士がレントゲン検査などを通じて口腔環境を確認し、専用の機械で歯の表面を磨く、いわゆるPMTCなどの処置を施して、同時にブラッシングや食習慣の指導を行なう。

スウェーデンのイェデボリ大学のヤン・リンデ教授の調査によると、この定期管理予防をした人は何もしなかった人に比べて、虫歯のできる可能性が“14分の1”になることが統計的にわかっていて、この研究成果を踏まえて歯科予防を国策として進めるようになり、国民の虫歯の数を減らすことに成功しています」

このスウェーデン式モデルは他の北欧諸国から欧米諸国に広がり、治療ではなく予防を重視する歯科医療が先進国のスタンダードとなっているそうだ。だが、日本はそこからビックリするほど遅れをとっているのが現状だ。

「定期管理予防を受けている人の割合はスウェーデン90%、アメリカ80%なのに対し、日本はわずか5%です」

この差が、歯の寿命の差につながっているというわけだが、日本で予防歯科が普及しない理由はふたつあるという。ひとつ目は保険制度だ。

「歯科医療では虫歯の治療には保険が利きますが、予防は保険でカバーされない自費診療となるために不採算部門になりやすいんです」

ふたつ目は予防歯科の担い手=歯科衛生士が不足していること。

「日本では歯科衛生士の大半が女性で、歯科医院の9割は個人経営。社会保険制度や産休・育休制度が整ってない医院が多いため、結婚や出産を機に退職する人や、資格は取得したけど福利厚生がしっかりした一般企業で働かざるをえないという人が多いんです。

また予防処置、保健指導、診療補助が歯科衛生士の三大業務ですが、ほとんどのケースが院長先生のアシストしかしておらず、予防を専門とする歯科衛生士は全体の3%以下とも言われています。学校で学んだことを活かせず、歯科助手とほぼ変わらない仕事にやりがいを見い出せず、辞めてしまう人も少ないという現実もあります」

歯科衛生士の国家資格を持ちながら、歯科衛生士として働いていない人を“潜在歯科衛生士”と呼ぶ。その数は有資格者の6割程度ともされ「埼玉県内でいえば、有資格者の3割程度しか歯科衛生士として働けていない」のが実情という。

国は“8020運動”を推進するなど国際標準の予防歯科の必要性を訴えてはいるものの、現場レベルでの整備はあまり進展していない…。

「私は国が動くのを待って…という気持ちがありません。それでは遅すぎるからです。現場から行政を動かすくらいの気持ちを持たなければ、この国はよくならないと思います。虫歯のない子どもをたくさん作り、虫歯のない大人を作り、虫歯のない地域を作ることが当院の理念。予防歯科はそのための欠かせない手段です」

大月デンタルケアが開業したのは1994年。当時は東武東上線・鶴瀬駅前のビルのワンフロアに医院を構え、スタッフ数は歯科医師の大月院長、歯科衛生士、歯科助手、受付の4人。その当時は虫歯や歯周病の治療や歯並びの矯正、インプラントと、他の歯科医院と同じ外科的な治療がメインで予防はほとんどやっていなかったという。

「私は元々、治療大好き人間。いかに削るか、いかに詰めるかしか考えておらず、できることなら難易度の高い治療に携わりたいと思っていた」という大月院長。

今とは180度異なるスタンスだった同院に転機が訪れたのは2004年。大月院長は歯科衛生士2名と受付スタッフを伴って、当時から予防型歯科医療で注目を集めていた山形県酒田市にある日吉歯科診療所へ視察に訪れた。

日吉歯科の現場では、初診の患者は歯科衛生士が受け持ち、過去の虫歯治療のチェックや唾液、虫歯菌の検査を行なったあと、患者との対話を通じて“虫歯はなぜできるか”、“予防はどうすればいいか”を徹底的に教え込んでいた。そして、衛生士は初診からずっと同じ患者のケアを担当する点も歯科業界では珍しい取り組みだった。

その現場の光景に驚いたのは当時、大月デンタルケアに入って1年目だった歯科衛生士の白柳亜弓さん(33歳)。

「患者さんと歯科衛生士の間に信頼関係があり、ウチとは全然違う!って感じました。当時の私は院長の治療を補佐するだけで“専門学校で2年間あんなに勉強したのになぁ”なんて、ちょっと不満にも思っていました。そんな時期だったから尚更、日吉歯科の衛生士さんが予防治療の主役として生き生きと働いている姿に憧れたんです」

視察に同行したもうひとりの歯科衛生士、水村絵理さん(39歳)は「ずっと同じ患者さんの口腔ケアを担当する。歯科衛生士にそんな働き方があることを初めて知った」、受付スタッフの吉野美穂さん(38歳)も「予防歯科の大切さを学んだ」と感銘を受けた。かくして、「日吉歯科のような医院作りを目指す」という点で3人の気持ちが一致した。

その時、大月院長は「視察に行こうと言い出したのは私。それ以前から予防型の必要性を感じていましたし、行ってみてその思いはより強くなった」ものの、経営者としての立場もある。その点でいえば、女性スタッフ3人と比べて温度差があったのかもしれない。

実際、視察から戻り、通常の治療と並行させながらも徐々に予防診療の受け入れを始めるのだが、2年後の06年に挫折する。歯科診療報酬の大幅改訂が響いた。

歯科も医科と同様、診療ごとに決められた保険の点数によって報酬が決まり、点数が高ければ収入が上がり、低ければ下がる。その点数は厚労省が2年に一度、改定するが、医科に比べれば歯科は低い報酬に設定され続けてきた経緯がある。

「医科の場合は薬剤の薬価の点数も経済成長に合わせてずっと右肩上がりで増えてきたのに、歯科に限っては30年前とほぼ横ばいで低水準。歯科医師が過剰と問題視される中、国が歯科医のなり手を減らすために報酬を低く設定していると指摘する人も多いです」

だが、04年に診療報酬の改定率はマイナス1.5%、2年後の06年にはさらにマイナス3.2%と下落の一途をたどる。これは、その時期に日本歯科医師連盟が政治家に裏金を渡していたことが発覚したことを受けての“懲罰改定”とも言われた。

「特に06年の改定は応えました。点数が下がっただけでなく、診療報酬の算定基準も厳しくされましたから。ブラッシング指導ひとつとっても、事前に文書を作って患者さんから同意書にサインをもらわないと報酬が得られないという運用に変わり、現場ではとてもじゃないけど“やってられない”状況に…。このままでは医院が潰れるかもしれないと感じ、ここで予防型の医療を捨てざるをえなくなったんです」

この大月院長の決断に反発したのは前出の女性スタッフ3人。当時の状況を受付担当の吉野さんがこう振り返る。

「私たちはそれでも予防をやり続けたかった。それが目の前の患者さんのためにもなると思っていたから…。だから『続けるのはムリだ』という院長と私たち現場のスタッフとの間に溝が生まれ、院内の雰囲気も悪くなっていきました」

★後編⇒虫歯の根絶には「削るより、削らない!」ーー予防治療で“患者と一生お付き合いする”歯科の戦い

(取材・文/興山英雄)

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