盲導犬男性のホーム転落死 「右手で胴輪」が意味することは?

盲導犬男性のホーム転落死 「右手で胴輪」が意味することは?

[写真]アイメイト協会の駅での歩行指導の様子。電車を待っている際は、線路に対して垂直に、犬を左側に座らせる

 東京メトロ青山一丁目駅で、盲導犬ユーザーがホームから転落した8月15日の死亡事故は、ショッキングで痛ましい事故としてマスメディアで報じられた。そこで同様の事故を防止するための改善策として論じられているのは、「ホームドアの設置」といった鉄道事業者側の環境整備、そして、周囲の人たちの「声掛け」の必要性という“社会の優しさ”だ。しかし、これらは、いずれも視覚障害者の歩行をめぐる周辺環境の問題であり、事故の直接的な原因を追及する見解は表に出てきていなかった。

 そんな中、盲導犬育成団体の一つ、公益財団法人「アイメイト協会」の塩屋隆男代表理事は「ハーネスの持ち替え」が事故を招いたと指摘する。警察の捜査や防犯カメラの映像から、亡くなった会社員品田直人さん(55)は、転落時にハーネス(盲導犬の胴輪状の持ち手)を右手で持ち、自身が線路側・犬が内側を歩く形でホームの際を歩いていたことが分かっている。これは何を意味するのか? 塩屋代表理事に詳しい話を聞いた。(内村コースケ/フォトジャーナリスト)

団体で違う盲導犬の定義

 アイメイト協会は、国内に11ある独立した盲導犬育成団体の一つで、最も古い歴史を持ち、最大の実績(これまでに育成した使用者と犬が最多の1300組余。現在の実働数もトップ)を誇る。他の10団体が「盲人を導く犬」を表す「盲導犬」という呼称を用いているのに対し、人が指示を出しながら犬も自主的な危険回避の行動を取って歩くという「共同作業」の実態にそぐわないと、目の役割を果たすパートナーという意味合いの「アイメイト」という独自の呼称を用いている。

 アイメイトの訓練と使用者への歩行指導のノウハウは、1957年に初の国産盲導犬・使用者を送り出した創設者の塩屋賢一氏が、ゼロから独自に確立したもので、その後にできた国内他団体とは一線を画するものだ。そこで、本稿では以降、「アイメイト」と「盲導犬」の区別を明確にするため、アイメイト協会の犬を「アイメイト」、他団体の犬を「盲導犬」と記す。品田さんは、地元の公益財団法人「北海道盲導犬協会」の盲導犬ユーザーだった。

 なぜ、育成団体間の違いにこだわるかというと、単なる呼称のみならず、団体によって盲導犬の定義そのものが違っており、できることの水準やユーザー(使用者)の条件も異なるからだ。つまり、「アイメイト」とA協会の「盲導犬」では、見た目は同じラブラドール・レトリーバーであっても、同列に語ることはできない。

 例えば、アイメイト協会は使用者を全盲者に限っており、アイメイト歩行を「全盲者が晴眼者の同行や白杖の併用なしで犬とだけで単独歩行できる」と定義して、訓練・歩行指導を行い、この水準に達したペアにのみ「卒業」を許している。その一方で、協会によっては、逆に全盲者を対象としていなかったり、「白杖との併用」や「晴眼者の同行」を推奨していたり、慣れた通勤路などの限定された場所を歩くことを集中して教えているケースもある。

 そして、“日本の盲導犬の父”と言われる塩屋賢一氏の長男でもある隆男氏が、今回の事故の原因だと指摘する「ハーネスの持ち替え」の問題は、まさにこの「団体間の違い」に関わってくる話でもあるのだ。

社会への「要望」に終始

 塩屋隆男氏は、事故の16日後の8月31日に事故現場の銀座線・青山一丁目駅のホームを、歩行指導員(犬の訓練と使用希望者への指導を行う現場スタッフ)2名と共に視察した。

「そこは特別危険があるわけでもない、どこにでもあるごく普通のホームでした」

 その上で、塩屋氏はこう語る。「ホームドアや周囲の声掛けはあった方が良いに決まっています。しかし、世の中のすべてを安全柵で保護し、すべての場所に人の目があるなどということはありえません。なにより、ホームドアや声掛けが必ず必要ということであるのなら、視覚障害者の単独歩行を許してよいのかということになります」。

 社会のバリアフリー化、ノーマライゼーションが最終的に目指すところは、障害者自身の「自立」である。塩屋氏は、その一翼を担うアイメイト育成事業の責任者として、「ホームドアの設置」や「声掛けの推奨」といった社会への「要望」ばかりに終始する議論に警鐘を鳴らす。

 これまでに、複数の関係団体から事故を受けた声明が出ている。盲導犬普及を目指す特定非営利活動法人「全国盲導犬施設連合会」(11団体のうち、アイメイト協会、日本補助犬協会および全国盲導犬協会は非加盟)の声明文は、以下の4項目に取り組むというものであった。

(1)ホームドアの設置、点字ブロックの適切な敷設等、駅ホーム上の安全確保と安全点検を積極的に要請する。
(2)駅ホーム上で、盲導犬使用者・白杖使用者の危険な歩行を見かけた時に正しい声掛けができるよう積極的に啓発する。
(3)鉄道事業者及び社会に対し、視覚障がい者へ効果的に危険を知らせる方法について、講習会等を通じて積極的に啓発する。
(4)駅ホーム上の犬の訓練・盲導犬貸与希望者への歩行指導が、いつでも必要に応じてできるよう関係機関に要請する。

「左右」持ち替えを指導

 一見、まっとうな内容に見えるが、「自分たちの訓練ミスを棚上げし、鉄道側に要望を出すとは恥ずかしいにもほどがあります」と塩屋氏は喝破する。

 塩屋氏の言う「訓練ミス」とは、何なのか? 「ハーネスの左右持ち替えです。当協会をはじめ、世界中のほとんどの育成団体では左手持ち・キープレフト(左側通行)を遵守するよう指導しています。今回の駅ホームでは、品田さんは右手にハーネスを持ち、自分が線路側を歩き、犬がホーム中心側にいた(=右手持ち・左側通行)。この時点で既に危険きわまりない状態です」。

 北海道盲導犬協会では、「左右持ち替え」、つまり「両手持ち」をするよう指導している。これを積極的に行っているのは同協会を含め2団体。公益財団法人「日本盲導犬協会」では「原則は左手持ち」(個別の条件によっては限定的に右手持ちも可)としている。海外では「持ち替えを教えている団体は聞いたことがない」(塩屋氏)という。

 今回のケースでは、右手でハーネスを持ってホームの左端を歩いた結果、品田さんが線路側すれすれに位置することになり、それが転落を招いた可能性がある。事故があった銀座線のホームは真ん中に線路があり左右にホームがある構造。左手持ちでキープレフト(左側通行)をしていれば、線路が左側になる進行方向では、白線の内側を犬が線路側に位置する形で歩くことになる。進行方向が逆の場合は人が外側になるが、線路から遠い左端の壁に近い側を歩くことになる。左右に線路がある“島型”のホームの場合でも、必ず犬が外側になる。

 つまり、「左手持ち・左側通行」であれば、犬は危険を察知したら止まるなどの訓練を受けているため、犬が外側にいる限り、転落はまず起こり得ないし、人が外側であっても壁側を歩いている限りは安全だという理屈だ。

 上記の理屈であれば、右手持ちでも右側通行をすれば安全ではないか? その通りである。北海道盲導犬協会の和田孝文訓練所所長は、両手持ちを推奨する理由を次のように説明する。

「当協会では、路上では建物側(道路から遠い側)に盲導犬、道路側に人が位置するということを原理原則としております。例えば、上から見た場合に右側に道路、その左側に歩道があるとします。この図で『下から上』に歩く場合は、左手にハーネスを持ち、建物側(左端)を歩きます。同じ歩道を逆方向(上)から歩いてくるとしましょう。右手に持ちかえれば、犬が建物側という原則がキープできます」

 つまり、常に犬が道路から遠い側を歩道脇の建物に沿うように歩くことにより、安全が確保されるという理屈だ。この場合、右手持ちの時はキープライト(右側通行)、左手持ちの時はキープレフト(左側通行)と、通行区分を切り替えることが前提となる。

 ところが、今回の事故直前の状況は「右手持ちの左側通行」になっていた。これに対し、塩屋氏は、持ち手によって右側通行と左側通行を切り替える判断は犬にはできないし、持ち替えによって視覚障害者自身の位置関係の把握にも混乱をきたすと指摘する。つまり、犬と視覚障害者が必ずしも実行できないことを教えているのではないか、というのだ。そして、それが今回の事故の直接的な原因だったとしている。

本人の責任に転嫁しない

 北海道盲導犬協会では、持ち手がどちらであってもホーム上では壁側を歩くよう指導しているという。もちろん、白線の外側に出ないというのは、盲導犬歩行に限らないルールだ。しかし、事故当時の状況はそうではなかった。これをひとえに品田さんとパートナーの責任とすることができるだろうか? 塩屋氏は「右手への持ち替えを認めていない協会であれば、今回の状況で事故が起きる可能性はあり得ません。持ち替えても安全だというのなら、それを自ら証明する必要があります。原因究明を避けていれば、他の形でも痛ましい事故が起きかねません」と語る。

 品田さんが教えられた通りのことを試みた結果、事故にあってしまったのだとすれば、あまりに浮かばれない。ちなみに「両手持ち」を勧めている2団体の現役ユーザーは、全国に計約150人いるとされている。

 視覚障害者団体の「日本盲人会連合」は、事故を受けた声明文の中で、次のように要望している。

<事故原因の究明にあたっては、本人の責任に転嫁しないことを前提に、盲導犬の使用並びに本人の歩行訓練の状況を含め事故原因を深く究明し、今後の施策に生かすこと>

 「アイメイトを正しく使えば、ホーム上が特段危険なわけではありません」と塩屋氏は言う。「次のことを守れば、事故は絶対に起きません」。

(1) ハーネスを左手で脇を空けずに持つ
(2)訓練と歩行指導で教えられた左側通行を守る
(3)犬と平行して歩く
(4)犬を(体で)押さない
(5)犬より前を歩かない

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■内村コースケ(うちむら・こうすけ) 1970年生まれ。子供時代をビルマ(現ミャンマー)、カナダ、イギリスで過ごし、早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞(東京新聞)で記者とカメラマンをそれぞれ経験。フリーに転身後、愛犬と共に東京から八ヶ岳山麓に移住。「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、「犬」「田舎暮らし」「帰国子女」などをテーマに活動中