今上陛下 お言葉に見える「象徴」と「皇室の伝統」への思い

今上陛下 お言葉に見える「象徴」と「皇室の伝統」への思い

2016年8月8日のお言葉に多くの国民が共感した 読売新聞/AFLO

 今上陛下は平成を通じて何を国民に伝えたかったのか。文芸評論家の富岡幸一郎氏が30年間のお言葉をひもとく。

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 平成の御世が終わりをつげる。明治以降、日本人は太陽暦を採用し西暦をグローバルスタンダードとして用いてきた。しかしこの国の長い歴史のなかで「元号」は皇統の歴史の表徴であるとともに、人々の生活感覚に深く根ざすものとして、二十一世紀の今日に至っている。元号は「時」というものを名づけることの大切さを知覚可能にしてくれるのである。

 平成二十八年(二〇一六年)の八月八日、われわれは驚きをもってこの「時」に直面したのは記憶に新しい。今上陛下は、戦後七十年という節目を過ぎ、二年後に迎える平成三十年という「時」を見据えられて、国民一人ひとりに「象徴としてのお務め」の在り方について語られた。

 当初このお言葉は、今上陛下の高齢による生前退位の意向表明として受けとめられ、摂政を置くべきだなどとの様々な議論を呼んだが、今日改めて感受するならば、象徴天皇の在り方を問い、自らが体現されてきた「伝統の継承者」としての「国民統合の象徴」の務めを途切れさせてはならないとの主旨であったのは明らかである。生前に退位することは目的ではなく、皇室の伝統を現代において生かしていくことの一つの手段として国民に問われたのである。お言葉の最後にその思いは重ねて表明されている。

〈……憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたびわが国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのようなときにも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました〉

 日本国憲法によって定められた天皇は、「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」である。占領下においてGHQは戦前の日本国の体制の徹底的な解体を行ったが、マッカーサーは占領統治のために「国体」すなわち天皇制の廃止に踏み切ることはせず、大日本帝国憲法に定められた「国の元首」であり「統治権を総攬する」天皇の権限を奪取して、「象徴」にすぎない存在として規定した。戦前そして戦後を通して皇統を維持された昭和天皇の後を受けて、今上陛下はこの憲法に記された「象徴」の一語に、いかに皇室の伝統精神を注入するかを即位以来、いやすでに皇太子の頃より深く考えられ、模索し、そして実践されてきた。

 具体的にそれは昭和天皇が昭和二十一年二月から足掛け八年半、三万三千キロに及ぶ全国巡幸をされた意思を受け継ぎ、先の大戦で犠牲となった人々を悼む、日本全国、硫黄島やサイパン島、ペリリュー島にも及ぶ「慰霊の旅」を皇后陛下とともに自らの強い思いをもって実現されたことによくあらわれている。

 また昭和天皇は災害などによって被災した人々を直接に見舞うことはされなかったが(見舞うことに不平等が生じるとの配慮があり、むしろ国民の災いにたいしては自らの国民への思いが足らぬとの自覚のもと、宮中にあって祈りを捧げられたという)、今上陛下は皇太子の時代から直に被災者のもとを見舞うことをされてきた。

 昭和六十一年十一月二十九日、三原山噴火で千代田区の体育館に集団避難してきた大島島民を慰問されたときは、疲れ果て座り込んだ被災者たちが立ちあがれない様子を見ると、自ら腰を落として膝を突き話を聞かれた。それはこの国の天皇、皇室の歴史上はじめての光景であったが、以後今上陛下はつねに被災者に寄り添うことで「象徴」としての新たな「天皇」の姿を示された。そして、そうした象徴天皇としての行動のなかに、つねにこの国の祭祀王としての祈りがあり、言葉があったことを忘れるわけにはいかない。

 平成二十三年三月十一日の東日本大震災とそれによる福島第一原発の事故は、未曾有の国難というべき事態であったが、三月十六日の午後四時半にテレビ各局で放映された天皇陛下のメッセージは、まさに国家元首が被災者と全国民に向けて語られた、そのような言葉であった。地震や津波による死者を悼み、避難生活をする人々を励まし、危険のなか救援活動を日夜展開する自衛隊員、警察官や消防士の労をねぎらい、各国元首からのお見舞いや支援の声を伝える、そのマイクに向かう声は静かな落ち着きのあるものであった。

 原稿をゆっくり読み上げる天皇の肉声には、万葉の歌人が「言霊の幸ふ国」といった、古代の日本人が未だ文字を持っていなかった時代からの、「大和の国」の声の響きが木霊のように宿っているかのように思われた。天皇のお言葉が直接に全国民へと肉声で届けられたのは、昭和二十年八月十五日の昭和天皇の玉音放送以来であった。

〈被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人ひとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています〉

「長く心を寄せ」ることを、「見守り続けていくこと」をとくに語られているのは、物資的・経済的な復興に留まらない、亡くなった犠牲者やその遺族のことを心に刻み忘れることがないようにとの今上陛下の祈りと願いであろう。

【PROFILE】とみおか・こういちろう/1957年、東京都生まれ。中央大学文学部フランス文学科卒業。関東学院大学国際文化学部比較文化学科教授、鎌倉文学館館長。著書に『虚妄の「戦後」』(論創社)、『西部邁 日本人への警告』(共著、イースト・プレス)などがある。

※SAPIO 2018年9・10月号

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