タクシー配車アプリ 若手ドライバーに恩恵もベテランは違和感

タクシー配車アプリ 若手ドライバーに恩恵もベテランは違和感

2020年春、新型コロナウイルス感染拡大の影響で閑散とした歓楽街では客待ちのタクシーが行列を作っていた(時事通信フォト)

 タクシー運転手といえば、地理や抜け道に詳しいベテランが多く働く仕事というイメージがあるが、この一年ほどでがらりと様子が変わっているらしい。配車アプリへの対応をめぐり、ドライバーたちに迫られている変化について、ライターの森鷹久氏がレポートする。

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 乗車していたタクシーが交差点に差し掛かり、左折するためにウインカーを出した瞬間、対向車線からやってきたタクシーが勢いよく右折した。右折したタクシーがこちらのタクシーの前に滑り込むよう割り込んできたため、慌ててブレーキが踏まれた。

「あれは新人ドライバーだよ。ベテランはあんな危険なことしない」

 千葉県某市の繁華街を拠点に、20年近いキャリアを持つタクシードライバーの宮本昭三さん(仮名・60代)が落ち着いた手つきでハンドルを握りながらため息をつく。

 コロナ禍以来の不景気により、職にあぶれた若者たちが、タクシー会社に押し寄せている、という話は聞いていた。タクシー会社も決して景気が良いわけではなく、人員を大幅にカットしたり、会社自体を整理してしまう例も珍しく無くなっているが、宮本さんの所属する会社でも、主に40代までの新入社員が十数人も増えた。

「要は年寄りを追い出そうってわけですよ。若手の方が給料も安いし、会社の言うことも聞くから。最近は変な機械を入れてね、それで客を拾いやすくなるから使えと言われるけど、私らは経験と勘で客は拾えるという自信はあるから。会社は信じてくれないね。機械頼りの若い奴らばかりが現場に出て、年寄りは出番を減らされている」(宮本さん)

 宮本さんがいう「変な機械」とは、若い従業員が乗車しているタクシーに取り付けられた、タクシー乗車アプリの受信装置の事。スマホに入れたアプリでタクシーを簡単に呼べ、乗車地を電話で説明する手間、そしてクレジットカードで事前決済なので降車時の支払いの手間も省ける。筆者もかなり利用しているのだが、宮本さんはそれが気に食わない。

「今日は3月の何周目の週末だから、とか、今日はこの辺りでイベントをやっている、地元の農協の大きな会合があって、その後どこどこの店で飲み会があるからとかの情報を集めたり、長年の経験と勘を働かせて客が拾えそうだとドライバーが集まる。今は機械がピコンと鳴って客を拾いに行く。なんでもかんでも機械様に指示を受けるってのは、なんとも気持ち悪いね」(宮本さん)

 新しいテクノロジーが雨後の筍のように林立し、さまざまな現場に採用されることで、仕事の効率が上がる。それ自体はいいことのはずだが、頭ではわかっていても、どうにも受け付けられない。そんな経験は誰にもあるはずだが、宮本さんもそんな一人だ。

 コロナ禍以降、仕事がゼロになり、昨年の夏頃からタクシー運転手を始めたという都内在住の元カメラマン・榊祐一郎さん(仮名・30代)は、宮本さんが忌み嫌う「新たなテクノロジー」の恩恵に預かり、仕事を続けている。

「貯金もなく仕事もなく、どうしようかと思っていたところに見つけたのがタクシー会社の求人でした。支度金として30万円の現金支給が受けられることもあり、迷う暇はないと入社を決めました」(榊さん)

 榊さんが乗車するタクシーには、タクシーアプリの受信装置が取り付けられている。走行中、近くに客がいれば受信装置がなり、ボタンを押せば配車が確定するのだが、タクシーが複数台いる場合には客の取り合いになる。だから、受信音がなればいち早くボタンを押すよう、心掛けている。

「入社直後には装置のない、普通のタクシーに乗っていました。駅のタクシープールに並んだり、無線で配車をまったりするのですが、丸坊主(客がゼロ)に近い日もありました。また、昔からの習わしというか、ここは別のタクシー会社のテリトリーだとか、いろんなローカルルールがあり、ドライバー同士でも揉めることもある」(榊さん)

 アプリ導入後、こうしたトラブルがほぼ無くなっただけでなく、客もコンスタントに取ることができるようになった。

「アプリを使わない、もしくは拒否をしているベテランの方々はコロナの影響をもろに受けていて、売り上げが本来の半分以下なのに対し、アプリを使っている若い世代、新入社員はある程度の売り上げを確保できている。これが事実なのですが、会社でベテランさんに会うと嫌味を言われます。客を取る工夫をしなくて良い分、サービスに注力できるメリットはある」(榊さん)

 ピンチでも、自身の長年の経験と培った勘を信じ、これまで通りのスタンスを変えない宮本さん。コロナ禍によるピンチをきっかけに、新たな取り組みによって生き残りの術を模索する榊さん。その生き方は対照的で、どちらが正しいなどと簡単に言えるものではなく、どちらかが間違っていると非難されるべきものでもないが……。

「新たなテクノロジーとやらのおかげで、人間の仕事が取り上げられるっていうじゃない? 我々はまさに取り上げられた側なんだろうね。それ(新技術)がないと仕事をさせません、って言われたらまあ考えるのだろうけど。意固地になっていると笑われるかもしれないけど、この年になるとね。わかっちゃいるけど、ってやつですよ」(宮本さん)

 コロナ禍によって急速に進んだ新たな生活様式、そして新たな生活様式を支えるさまざまなテクノロジー。これによって生きやすくなったという人もいれば、生きづらくなったと感じる人もいる。どちらが正しく、どちらが間違っているという二元論ではなく、多様な生き方、多様な価値観があるという前提でなければ、こうした違和感は拭えず、自分の首を締め上げてしまうことになるのかもしれない。

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