厚労省大宴会問題 公然とルール破る職員の「集団特権意識」

厚労省大宴会問題 公然とルール破る職員の「集団特権意識」

陳謝する田村憲久厚労相(写真/時事通信社)

 臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、緊急事態宣言解除からわずか3日後に、銀座で大宴会を開いていたことが発覚した厚生労働省について。

 * * *
 今度は厚労省か。どの省庁よりダメでしょうと思ったのは、3月24日、銀座で深夜まで行われたという厚生労働省の送別会だ。緊急事態宣言が21日に解除されたこともある。年度末で異動の時期だし、送別会をやりたい気持ちはよくわかる。だが、よりによって新型コロナ対策を指導する厚労省がこれをやるのはまずいだろう。

 送別会に参加したのは老健局の職員23人。店にアクリル板は設置されておらず、マスクもなし。19時過ぎから始まったという送別会は、店の営業時間が終わった後も、深夜まで開かれていたという。国民に促していた感染防止策とはかけ離れた行為に、政府や与党からも厳しい声が上がっているが、怒りというより呆れた人の方が多いのではないだろうか。

 田村憲久厚労相は30日、「私からも深くお詫び申し上げる」と会見で謝罪し、給与を2か月分自主返納することを公表、送別会を主催したという課長の更迭処分も行った。だが、立憲民主党の長妻昭副代表は厚労省の責任を追及。田村氏は真っ直ぐ強い目線を長妻氏に向け「省内を引き締めていく」と辞任を否定し、「このようなことが2度と起こらないようにすることが責任の取り方だ」と述べた。

 行政指導をする側の人間が、国民に求めているルールを守らない。ここまでくると厚労相が辞任しようがしまいが、誰が更迭されようが、同じことが続くのではと思えてくる。人の心の中には、強制されたり制限されたりすることへの反発心があるからだ。

 誰もがコロナ疲れで精神的・身体的に消耗している。感染防止対策でこれまでの自由は奪われ、行動は制限されるばかりだ。終わりが見えないため、いつまで、どこまで我慢すればいいのかもわからない。ストレスを発散することも難しく溜まる一方だ。「設けられたルールに従わないといけない」と思う反面、自分の意思で思うように動けないため、イライラし反発を感じる「リアクタンス」という心理的傾向が生じてくる。

 いくらリアクタンスが生じたからといって、次々と不祥事が暴露される今の時世、23人も銀座で深夜まで飲み会をやっていればどこかで誰かが見ているはずで、バレないわけがない。だが、主催したという課長は「やっても良いのでは」と思い、職員たちは参加した。法やルールを自分たちの都合の良いように解釈し正当化する「合法バイアス」が働いているのかとも思ったが、ここまで露骨では都合良く取り繕うことすらできず、モラルを疑われても仕方がない。

 やはり、心のどこかに厚労省職員という立場からくる「特権意識」があったのだろうか。特権意識とは心理学的に言えば、自分が他者より多くを得るに値し、多くを得る権利を持っているという感覚のことで、他人からの評価や人の目を気にかけなくなりやすいという。仲間内で人数が集まれば外の声は聞こえなくなり、罪の意識も薄くなるだろう。

 書いていて昭和の時代の流行語となったビートたけしのブラックな名文句を思い出した。「赤信号みんなで渡れば怖くない」。

関連記事(外部サイト)

×