元刑事が語る、捜査の行方を左右する指揮官としての条件

 警察の内部事情に詳しい人物、通称・ブラックテリア氏が、関係者の証言から得た警官の日常や刑事の捜査活動などにおける驚くべき真実を明かすシリーズ。今回は、実際の捜査における指揮官の素養について解説。

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「指揮官がまずくて失敗したケースは山ほどある。恥ずかしくて言えないほどね。捜査の方向をどう判断すればいいか、そこまでの計算ができない指揮官はダメだな」

 警視庁(本庁)の課長まで務めた元刑事に、捜査を指揮する者にとって大事なポイントは何かと問うと、アゴをさすりながらそう答えてくれた。

「例えばだ、被疑者が隣の県に逃走したとする」

 東京都は警視庁の管轄だが、隣り合う4県は警察庁各県警の管轄である。どの県警とも常日ごろから連携や協力体制が取れているかといえば、そうでもないらしい。特に本庁と神奈川県警はあまり仲がよくないという噂も聞いている。

「今はそこまでではないだろうけど…」と元刑事は前置きした。

「神奈川県警は本庁に敵対意識があった。都と県の境なのに、なぜか国境みたいになるんだ。国境を越えると一緒にうまくできないんだな。他の県警が本庁と捜査する時は“教えてください”とか、“一緒にやらせてください”とか言ってくるが、神奈川は“なんで一緒にやらないといけないの”というスタンスだったね。そういう県もあるから、県との境界線、県境をまたぐ事件は指揮官の考え方次第だったな」

“県境”という言葉に、犯人を追跡している最中、交通違反で神奈川県警に捕まったという他の元刑事の話を思い出した。他の県警では、こういう捜査で犯人を追跡中だと説明すれば許してくれたが、神奈川だけは絶対に許してくれなかったというのだ。本来は「ここから神奈川県に入ります」と県警に無線で連絡しなげればいけないのだが、追っかけている間に犯人が県境を越えてどんどん入ってしまえば追わざるをえず、交差点で一時停止違反を取られのだと聞いた。

「そこは指揮官がどうやっていくかという判断だよ。間に合わなければ強行突破するしかないが、そん時は協力してもらえるよう体制を組めばいい。協力を頼んで断られたら、後で何か言われた時に『協力の要請を断ったのはそっちだろう。あなたの所に情報を提供する理由はない。捜査上の秘密を話す必要もない。何もしてくれなかったのはそっちなんだ。関係ないから引っ込んでろ』とズバッと言えばいいんだ」

 飄々と話しているが、元刑事の語気は強い。こういう時、捜査の指揮官がガツンと言えずにだらしないと、県警との間でごちゃごちゃしてくることになるという。

「捜査を指揮する者は、自分の是々非々で捜査をする。だから思い切った手を打っていかないとダメだ。躊躇している暇はない。細かい捜査のやり方を現場で教えるなんてやってられないから、細かいことは現場に任せればいい。どう判断すればいいのか、あがってくる情報を元に計算をしていく。指揮官は大筋で、絶対に間違いのない方向に捜査を行かせることだけだ。それが指揮官の責任で、失敗したら指揮官が謝ればいい」

 だが、絶対に手順を間違ってはいけない捜査があるという。

「誘拐や立てこもり事件だよ。人質がいる事件の場合、現場ではこの手とこの手は打っているか、きちっとやっているか、次はどうなっているのかをしっかり確認させて、報告させる」

 これは、人質となっている被害者をケガさせないように、万が一にも殺されないようにするためである。

「ホシが逃げたとしても、ホシが逃げた! 追え、捕まえろ!!ではなく、ホシが逃げたぞ、被害者の無事を確保しろ! 無事が確認できならその次が、ホシを逮捕しろ!だ」

 この手順だけは間違ってはいけない。

 日本人が海外で誘拐されるという事件では、被害者の安全の確保より、犯人の逮捕を優先させる国もあり、現地の警察と日本から派遣された警察官との間で捜査に対する考え方が真っ向からぶつかることがあるという。何よりも被害者の安全を最優先するのが、日本の警察の捜査である。

 現場に踏み込む場合はどうなのだろうか?

「踏み込む場合も同じだ。被害者対策が先だから、他のことには目もくれず、被害者を守らなければならない。指揮官がきっちりと決断し、全責任を取るということで、現場の連中は奮い立つ。なんとか被害者を救おうと覚悟ができる」

 実際、拳銃を持った立てこもり事件が起きた現場では、防弾チョッキを着ていた部下たちにこう檄を飛ばしたという。

「被害者が撃たれないよう、お前らが盾になるんだ。ホシが撃ってきたら撃ち返せ。いいか、ホシは撃ち殺すという覚悟で行け」

「『拳銃は抜いていけ。もし撃ってきたら、躊躇なく撃て。それじゃないとお前らの命がなくなるぞ』。そう言っておくと、言われた本人はそのつもりで行くから覚悟ができる。覚悟ができていると、それが相手に伝わる。抵抗すればやられると思えば、ホシも抵抗しなくなる」

 この事件は犯人が投降し、無事に解決したという。

「それぐらいの覚悟があれば現場の捜査も思うように進む。だが、現場の捜査員らに覚悟がないと失敗が起きる」

 覚悟は部下を守ることにもつながるのだ。

 話を聞いていると、指揮官の分析力や判断力、決断力だけでなく、この指揮官の下ならばと捜査員たちに覚悟させるだけの人望があるかないかも、捜査の行方を左右することがわかる。

「どんな組織でも部下を守れない、守らない上司というのはいるものだ。そんな上司の下で働くことになった部下は、たまったもんじゃない。まして刑事という職業は、時に命がかかってくる。ベテランはまだしも、まだ若い部下を守れない、かばいきれない上司は“人工衛星”になるしかない」

 彼が例えた“人工衛星”とは、そのポストから異動した後は本庁に戻ることなく、所轄の署から署へとくるくると渡り歩くように異動することを指している。世間一般の会社で例えるなら、異動したが最後、本社には二度と戻れず、支店や子会社に飛ばされ続けるというイメージだ。失敗すれば出世コースから外されるというのはどこの世界でも同じだが、警察という組織ではその意味も違うということだ。

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