新一万円札に渋沢栄一と東京駅 埼玉・深谷市が2倍沸く理由

新一万円札に渋沢栄一と東京駅 埼玉・深谷市が2倍沸く理由

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 1万円、5千円、千円の紙幣(日本銀行券)が全面的に刷新されると発表された。新しく1万円に用いられる渋沢栄一と東京駅丸の内駅舎に注目が集まるなか、実は深谷駅にも熱い視線が向けられ、地元では表と裏あわせて2倍の盛り上がりを見せている。ライターの小川裕夫氏が、渋沢の出身地・深谷というだけでない注目があつまる深谷駅と東京駅の深い繋がりについてレポートする。

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 4月1日に新元号「令和」が発表されたばかりだが、政府は新時代に向けて紙幣の改刷を発表した。一万円札の顔は長らく福沢諭吉だったが、新一万円札では日本の資本主義の父とも称される渋沢栄一に交代する。その裏面は、東京駅丸の内駅舎になる。

 新一万円札の裏面に描かれることが決まった東京駅の赤レンガ駅舎は、西洋文化をふんだんに取り入れた建築物として知られる。

 当初、東京駅のデザインはお雇い外国人のフランツ・バルツァーに一任されていた。お雇い外国人のバルツァーは日本文化に魅せられていた。その影響もあり、バルツァーは和洋折衷の駅デザイン案を提示した。しかし、日露戦争に勝利して一等国と肩を並べたという自負がある政府首脳にとって、和洋折衷のデザインは満足できるものではなかった。

 諸外国に一等国・日本の技術と文化を見せつけるシンボルとしての役割を期待された東京駅は、新たな建築家・辰野金吾を起用。辰野は政府の期待に応え、目を見張る赤レンガ駅舎へと姿を変えた。

 国の威信まで背負わされた赤レンガ駅舎は、その後、首都・東京を代表する玄関駅として認識されるようになった。新一万円札の裏面に採用されることで、名実ともに日本のシンボルになろうとしている。

 東京駅の美しい赤レンガ駅舎と対をなす存在として、鉄道ファンや地元民に知られているのが埼玉県の深谷駅だ。今回、新一万円札の裏面に描かれる東京駅に対して、なぜ深谷駅が対をなすのか? それは深谷駅の駅舎が赤レンガ風にデザインされており、東京駅と見間違えるほどの外観をしているからだ。

 東京駅と深谷駅は、なぜ似たような赤レンガ駅舎になっているのか? 一見すると、両者には何の関係もないように思える。しかし、二者には深いつながりがある。

 19世紀が幕をおろそうとする頃、東京は市区改正と呼ばれる都市改造が急ピッチで進められていた。都市を改造するためには、まず住宅や商店などを建て替えなければならない。木造家屋が立ち並び、江戸の面影を色濃く残していた明治の東京は、市区改正によって近代都市へと生まれ変わり、西洋のデザインを取り入れた建築物が増えていった。

 近代都市へ生まれ変わる東京は、大量のレンガを必要とした。その需要に目をつけ、地域活性化のための地場産業育成にも関心が高かった渋沢は、出身地である深谷で明治21(1888)年に日本煉瓦製造株式会社を設立。レンガ製造を始めた。そこで製造されたレンガが、その時代に建設が始まった東京駅に使われる。深谷から東京までは、高崎線を使って輸送された。

 東京駅は、深谷で製造されたレンガなしには存在しなかったのだ。「現在、東京駅は復原によって赤レンガ駅舎がシンボルになっています。しかし、1990年前後には赤レンガ駅舎を取り壊して高層ビルに建て替える構想が浮上していました。当時の市長が、深谷にゆかりのある東京駅赤レンガ駅舎がなくなるのは忍びない。そういった理由から、深谷駅を東京駅にそっくりなデザインに建て替えることにしたのです」と話すのは、深谷市教育委員会教育部文化振興課の担当者だ。

 こうして、深谷駅は1996年に東京駅とそっくりなデザインに建て替えられた。一方、高層化が検討されていた東京駅の計画は自然消滅した。そのため、赤レンガ駅舎を取り壊すことも白紙撤回された。

 実は東京駅の赤レンガ駅舎は戦災で破壊されており、戦後に応急処置として復旧した。復旧工事の際、資材は不足していた。営業再開を急ぐあまり、国鉄は後から元のデザインに戻すとしていたが、結局はそのままのデザインで使い続けられた。そのため、開業時と戦後の東京駅は、微妙に様相が異なる。戦後、地元住民などからは往時の姿へと再建する要望も出た。しかし、その願いは叶わなかった。

 東京駅の高層化計画を撤回したJR東日本は、復原事業に取り組む。こうして、2012年に東京駅赤レンガ駅舎は開業当時の姿へと戻った。

 赤レンガ駅舎として甦った東京駅、そして東京駅の消滅を危惧して新たに生み出された深谷駅。両者は、いわば兄弟のような関係にある。

 そして、深谷駅が立地する深谷市は新一万円札の顔になる渋沢栄一の生誕地でもある。1996年の駅舎リニューアル時に、深谷市は駅前広場に渋沢栄一の銅像を建立。そうした所縁があるので、新一万円札の顔に渋沢栄一が決まった報を受けて、地元・深谷市は大いに沸いているという。

「深谷市と渋沢の関係は非常に深いものがあります。小学校では渋沢栄一について学ぶ授業もあり、学年に合わせた副読本も制作しています。また、市内には渋沢を顕彰する渋沢記念館があります。これは駅舎を赤レンガにリニューアルしたときと同じ、1996年に開館した記念館です」(同)

 新一万円札には、鉄道との深い関係が込められている。

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