ニトリが不況を経るにつれ成長した理由、似鳥昭雄会長に聞く

ニトリが不況を経るにつれ成長した理由、似鳥昭雄会長に聞く

ニトリはなぜ成長し続けられたのか

 平成の30年間、バブル崩壊以降の日本経済はデフレ不況のトンネルを抜け出せない時期が長く続いた。その荒波をものともせず、32年連続増収増益と右肩上がりの成長を遂げたのが、家具やインテリア雑貨を手がけるニトリホールディングスだ。

 同社を率いる似鳥昭雄会長(75)は“経済予測の達人”として財界に名を轟かせている。彼は混迷深まる経済、激動する企業環境の下、時代を読む力や競争を勝ち抜いていく慧眼をどう身につけたのか。さらに新しい元号を迎えた日本経済はこれからどう進んでいくのか―─詳しく訊いた。

◆悪戦苦闘の40代

──32年連続増収増益、つまりニトリは平成の間ずっと成長を続けてきたことになります。

似鳥:平成元年(1989年)当時は私も45歳と若かった。その年の9月に札幌証券取引所に株式上場しました。その2か月前に父(義雄氏)を亡くしており、会社としても私個人にとっても大きな転機でしたね。

 上場当時は、店舗が18店、売上高は132億円、営業利益が8億7800万円、社員数は248人だった。ホームグラウンドの北海道を出て本州に展開するには、まだまだという状況です。それが30年後のいま(2019年2月期)は、店舗が576店、売上高で6081億円、営業利益が1007億円、社員数は1万2668人になった。会社とともに平成を駆け抜けてきたという感じです。

──当初は苦労もあったのでは?

似鳥:40代はなかなか苦しかった。「100店舗・売り上げ1000億円」と公言しながらも、利益も店舗数もなかなか増えませんでした。

 それでも「いかに安く商品を提供するか」という信念は変えなかった。そこで考えたのが、問屋ではなくメーカーからの直接仕入れ、さらには海外からの輸入を増やすことでした。

 1985年のプラザ合意による円高もあり、「海外から安く買える、チャンスだ」とアクセルを踏みました。

 とはいえ、当時は商品の品質が悪く、お客様からのクレームの嵐で返品の山。1989年頃まで大変な思いをしています。あまりにクレームが多いものだから、辞める社員も続出しましたが、私はそれでも「ウチが生きる道はこれしかない」と、輸入に軸足を置く考えを貫きました。ただ、当時の新卒採用者が、入社3年を経ずして半分以上辞めていったのは堪えましたね。

──どのようにして品質改善を成し遂げたのでしょうか?

似鳥:実現していくには設備投資が要る。メーカーに何度もお願いして、「将来、おたくからたくさん買うから投資してくれないか」と粘り強く依頼していった。

 そうやって4割近くあったクレーム由来の返品を、まず3年で半分にし、5年で1割以下にした。10年で標準並みといわれる3%にまで返品率を下げることができた。

 いま、当社の開発輸入品の比率は90%以上です。誰もが気軽に買える商品価格と高い品質・機能を両立させるには、従来のSPA、いわゆる製造小売業と呼ばれる事業モデルだけではダメで、そこに物流機能をプラスした。商品の企画や原材料の調達から、製造・物流・販売に至るまでの一連のプロセスを、グループ全体でプロデュースしていく「製造物流小売業」を確立したのです。

◆「不況こそ大チャンス」

──バブル崩壊、金融ビッグバン、リーマン・ショック後の大不況もあった中でも成長し続けた理由は?

似鳥:好況と不況は繰り返します。バブル時は従来比で土地も建物の価格も2倍に上がる。しかし、不況になれば半値になって元に戻る。この法則がわかったので、景気のいい時は投資は半分に控え、逆に不景気になったら投資を2倍にして土地も建物も積極的に取得していく。この繰り返しで、世間とは逆を行くのがセオリーだと考えています。

 1993年に土地バブルが完全にはじけたわけですが、その後、土地も建物も3割から5割も値が下がり、そのタイミングで本州に進出した。それが1993年です。

 2008年9月のリーマン・ショック、これは予見していましたし、その備えもしていた。2008年の年明け早々に手持ちの外国債券を全部売却し、5月には取り扱い商品の1000品目で値下げ宣言をした結果、想定を大きく超える規模で売れました。そしてリーマン・ショック以降、3か月おきに波状値下げを実施し、これまたよく売れたんです。

 先を読む秘訣は、次に景気が悪くなるのはいつかを常に調査し続けることに尽きます。景気が悪くなったほうが、当社にとってはチャンスが多い。投資がしやすくなり、優秀な人財も採用できるからです。逆に景気が良い時は好材料が生まれない。

 もちろん、好況であれば多少、業績数字は上がりますが、そういう時は同業他社もみんな上がる。不況下では、さすがにウチも前年比伸び率は鈍化しますが、競争相手は大きく水面下に沈み、場合によっては倒産してしまうこともある。要するに、不況を経るたびに当社は市場占有率がアップしていったのです。

──そうした景気の先を読む力は、どうやって養ったのでしょう?

似鳥:米国経済を定点観測することです。世界経済を牽引しているのは米国だし、時代の最先端をいくので変化のスピードも速い。ですから、40代の頃から毎年5月と10月の年2回、必ず米国の市場動向を視察に行きます。年間約1200人の社員を引き連れて、米国で研修も行なっています。

 米国の現状を見れば、日本の10年から15年くらい先がおおよそ見えてきます。米国で起こっていることは一旦丸飲みし、真似てみて活かせるものは活かし、そうでないものは捨てていく。とにかく、半年おきぐらいの間隔で米国へ毎年毎年行って、肌でその変化、潮流を感じることが大事です。

──米国の動向で、最近特に注目していることは?

似鳥:ネット企業はリアル強化へ、リアル企業はネット強化へというトレンドですね。アマゾンがホールフーズという食品スーパーを傘下に収めましたが、一方で、ウォルマートはM&Aも含めてネット分野に力を入れ、どんどんネット関連の売上げを伸ばしている。つまり、ネットとリアルの巨人同士がお互いの得意分野を侵食しているわけです。

 一方、その狭間で苦しむ企業は倒産の憂き目に遭うケースが増えています。家電量販店は最たる例で、書店も一部の小さなところしか残っていない。米国で起こったことは必ず、日本、ひいては世界中に伝播していくと見ています。

【PROFILE】にとり・あきお/1944年樺太(サハリン)生まれ。株式会社ニトリホールディングス会長。北海学園大学経済学部卒業。広告会社へ就職した後、札幌市内に「似鳥家具店」創業。1986年、社名を「ニトリ」に変更。2002年東証一部へ上場。32期連続の増収増益を果たしている。

●聞き手/河野圭祐(かわの・けいすけ)/1963年、静岡県生まれ。ジャーナリスト。経済誌編集長を経て、2018年4月よりフリーとして活動。流通、食品、ホテル、不動産など幅広く取材。

※週刊ポスト2019年5月17・24日号

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