日本の薬事情はいいとこ取り、漢方の安心感と西洋薬の効き目採用

日本の薬事情はいいとこ取り、漢方の安心感と西洋薬の効き目採用

約1500年前、大陸から日本に薬がもたらされた(写真/アフロ)

 日本人全体が1年間に使う医療費は42兆円を超え、うち2割を超える約10兆円が薬剤費だとされる(2017年度)。1人当たりの医薬品費等支出はアメリカ、スイスに次ぐ世界3位だ。

 また、日本人は、1人当たりが服用する薬の「種類」もきわめて多いのも特徴だ。厚労省によると、74才以上の4人に1人が、1か月に7種類以上の薬剤を処方されている。40〜64才の世代でも5人に1人が5種類以上の薬を受け取っているという。

 とはいえ、必ずしも「薬をたくさんのむ=健康になる」というわけではない。今回本誌『女性セブン』が実施した、医師や薬剤師200人に対するアンケート調査では約半数が、「『実は効かないのに』と内心思いながら患者に薬を処方、または購入を促したことはありますか?」との質問に「はい」を回答している。

◆もともと薬はお坊さんが作るものだった

「今の日本の薬を取り巻く問題の根源を知るには、日本人と薬の長い歴史を見る必要があります」

 そう語るのは、長年にわたって日本人と薬の研究を行ってきた、薬学博士で医療ジャーナリストの天野宏さん。

 そもそもわが国に薬がもたらされたのは約1500年前の6世紀、大陸から仏教が伝わった頃と時を同じくする。

 なかでも日本の薬文化の発展に尽くしたのは中国の古代王朝・唐の高僧であり、薬に詳しい医僧でもあった鑑真だ。5度にわたって日本への渡航に失敗し、753年に6度目の試みでようやく来日を果たして、奈良時代の日本に仏教とともに、薬の知識を広めたという。

 失明したといわれるが、嗅覚が優れていて、あらゆる薬を嗅ぎ分け、よく効く薬を処方したという記録が残る。聖武天皇夫人である光明皇后の病気を薬で治したことにより、高い地位を得たとも伝えられている。

 そのように、まず日本で広まった薬は、大陸の影響を強く受けた「漢方薬」だった。

「漢方薬は、中国を起源として日本で独自に発達した漢方医学に使う薬です。自然界にある草根木皮や動物、鉱物など『生薬』を薬品として組み合わせて使ってきました」(天野さん)

 古代・中世日本の薬は貴族など一部の身分が高い人たちだけのものだったが、時代が下って江戸時代になると、幕府が薬の生産を奨励し、一般庶民にも薬が行き届くようになる。

 その時期の日本の薬が持つもう1つの特徴は、「呪術効果」だった。

「江戸時代の薬の中には、社寺と関係の深いものがいくつもあります。特に高名な僧侶が作った、生薬を使った売薬は、呪術効果も期待されてベストセラーになったものがある。

 たとえば京都の高僧であった了翁禅師(りょうおうぜんじ)が夢に現れた老僧のお告げによって創薬したとされる『万病錦袋円(きんたいえん)』はどんな病にも効果があるとしてあっという間に評判になり、6年間で3000両(約4億円)を売り上げたそうです。薬の持つ本来の薬効のほかに、心理的な効果によって患者の病状が改善される『プラセボ(偽薬)効果』が発揮されたのでしょう」(天野さん)

 同じく江戸時代に誕生したベストセラー薬で頭痛から風邪まで万病に効くといわれた「小田原の外郎」も「外郎売り」と呼ばれる売人たちの流ちょうな口八丁で飛ぶように売れた。

 漢方薬中心だった日本の薬の大きな転換期となったのは、文明開化の明治時代だ。黒船来航による開国で西洋文化がどっと流れ込み、日本の薬も西洋医学・薬学が主流になってゆく。

「西洋医学の薬は、漢方医学のように天然由来のものをそのまま使うのではなく、たとえばアスピリンが柳の樹皮から有効成分を抽出して作られているように、化学的に製品化されてきた歴史があります」(天野さん)

 つまり“化合物”だということだ。ナチュラルからケミカルへ──薬の中身はあっという間に変貌したが、のむ者の意識はなかなか変わらない。

「江戸時代まで漢方薬が中心だった日本では、薬というものは天然由来の素材を配合して作っているのだから、薬の効き目は穏やかで安心できるものだという考え方が根強く残っていると思います」(天野さん)

 実際には日本古来の漢方薬にも副作用があるが、自然由来であることや、極楽浄土の教えを説く僧が伝播したこともあり、日本人はどこかで「薬はのむほどに体の状態をよくして癒してくれる」と無意識に考えているのだ。

 それを象徴するのが「薬」という漢字だと天野さんは続ける。

「『薬』という字は、くさかんむりに楽と書きますね。つまり薬という字は、『草を使って病気の苦しみを取り去って体を楽にしてくれる』と読み取れます。古代の知恵から生まれた薬は日本人の生活と密接に結びついているため、体に合っているというイメージがいまだに強いのです」

 そうした考えは本来、西洋の薬とは相容れないと天野さんは警鐘を鳴らす。

「西洋では薬が化合物質を基に発展してきた歴史があるため、西洋人は副作用に対する意識も強いということがいえます」(天野さん)

 つまり、「薬は毒にもなる」ということを肌で知っているのだ。

 外国の文化を巧みに取り入れ、自国の文化に融合させることが得意な日本人の特性があるがゆえに、「漢方薬の安心感」と「西洋薬の効き目」の“いいとこ取り”をしてきた結果、現在のような、日本人の薬に対するユニークな姿勢ができあがったというわけだ。

 現代日本では「国民皆保険」制度も、「薬大国」を作り出す一因になっている。

 少ない自己負担で質の高い医療を受けられる国民皆保険は、日本人の健康を幅広くサポートする半面、「薬は安価でもらい放題」「とりあえずもらっておこう」という意識を植えつけた。

 薬剤師で栄養学博士の宇多川久美子さんは「日本人は“薬にも価格がある”ということを忘れている」と指摘する。

「長く薬剤師をしていますが、患者さんから『この薬はいくらですか?』と聞かれたことがありません。だけどモノには値段があるもの。本来はお金を払う人が薬の値段を把握して、効能が同じものがあれば安いものを買うなどして工夫するはずです。薬だけ値段にこだわらないのはおかしな話です」

 そうした傾向は、1980年代に加速したと医療経済ジャーナリストの室井一辰さんは指摘する。

「1980年前後に高齢者の自己負担無料の時代がやって来て、その後、多少の自己負担は求められたものの抗生物質から解熱剤、湿布やビタミン剤までタダ同然で処方されました。この時期に日本人は薬漬けになってしまったといえます」

※女性セブン2019年5月23日号

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